小説 | ナノ


  もっとあなたの顔を見せて下さい。


 彼に惹かれたキッカケはなんだったのだろうか。細かい理由は山のようにあると思う。けれども、これほど彼に執着してしまった理由を、白龍は何度考えても思い出せなかった。



――手酷く裏切ればあなたの心を引き裂くことはできるのでしょうか。
 あなたから全てを奪っていく。身分も友人も財産も。
 けれども、あなたは俺の仕業だとは気づいていない。俺だけはいつまでもあなたの味方だと言ったその甘言を真に受けてすがり付いてくる。
「誰もあなたを抱かないそうですね」
「仕方ないから俺が抱いてあげますよ」
「こうゆう趣味はないのですが」
 一言一言。項垂れているアリババに言葉を染み込ませるように白龍は囁いた。
「苦しいですか。でも、仕事ならちゃんと感じてるように演技をしないといけないんですよ」
 そして、身を裂くような痛みに耐えている彼を揺さぶりながら白龍は囁いた。
 自分が初めての相手だということを知っていながら、手酷く白龍はアリババを抱いた。そして言葉で施す行為で貶める。
 これからも他の人間に彼を抱かせる気などないのにそう自分を責めるようにアリババを陥れる。アリババの客は全て白龍が受けさせないよう手回ししている。必然的に白龍しか客が来ないから、毎回白龍にアリババは申し訳なさそうに頭を下げる。
「悪い、ゴメン。本当はこんなことしたくないんだろ」
 その懺悔する様子に内心白龍は満足していた。



 そんな生活を一年くらい続けてその間、白龍に抱かれ続けるアリババ。何度も肌を擦れ合わせ受け入れている内に心も白龍に傾いてくる。ある日いつものようにやってきた白龍に、
「困ると思うけど……俺、白龍が好きだ」と自分の気持ちを伝える。(ああ、ようやくこの日が来たんですか)と白龍は震えながら自分の気持ちを口にしたアリババに微笑んだ。
「アリババ殿はどうして自分がこんな目に。と思ったことはありませんか?」
「…………え?」
 何か返事がもらえると思っていたアリババは唐突に話始めた白龍に意味がわからず疑問符を投げ掛ける。
「会社でのあなたの失敗も、友人達が去っていったことも、代理人で借金を背負わされたことも」
 白龍が続けた言葉はそれまでにアリババの身に降りかかった災難そのものだった。
「全て誰かが手を引いていたらと考えたことはないですか?」
 ぎしり、とベッドが音を立てた。
「今だって、どうして俺しか客が来ないんでしょうね。不自然でしょう?」
 ゆっくりとアリババをベッドに押し倒す白龍。
「え? お前何言って…………え?」
 白龍の言葉が理解できない。胸の奥底から沸き上がってくる恐怖と混乱に白龍の腕の下から逃れようともがくけれど、上から押さえつけられてアリババは動けない。
「はく、りゅう?」
 名前を呼べば酷薄な笑みを浮かべている白龍がアリババの琥珀の瞳に映った。
「そう、俺、ですよ。あなたから全てを奪ったのも汚しているのも。ずっと滑稽でした。俺が全てを奪ったとも知らず俺に抱かれて鳴くあなたは。幸せでしたか? 俺に抱かれて。今、告白するくらいには」
 琥珀の瞳がこれでもかと言うくらいに見開かれる。
「嫌だ、嘘だ、そんな……」
 自失して震えるアリババの鎖骨に口付ければ慣れた身体はビクリと震えた。こんな状況にもかかわらず行為を進める白龍にアリババは現実を思い出させられた。
「い、嫌だ! 離せっ! 離せぇえええっ!!」
 暴れても愛撫に身体は勝手に反応して力が抜けていく。アリババの気持ちはグチャグチャだった。甘い声を上げながら、瞳からは涙が止まらなかった。
――嫌だ、感じたくない。
 そう思っても自分が感じる所を白龍は全て知っているんだ。
 混乱した意識に快楽が混じってアリババ自身は確実に反応を示していた。いつもより早いくらいに。「淫乱ですね」
 嘲る白龍の声が耳朶に吹き込まれる。
 甘い悲鳴を上げ涙を流しながら揺さぶられるアリババに白龍は微笑んだ。沸き上がる劣情のままにアリババを穿つ。止めて、もう無理とアリババが悲鳴を上げても、抱き続けた。声が聞こえなくなるまで続けた。そして、ぐったりと意識をなくしたアリババの固く閉じられた瞼に舌を這わした。
 舌に感じたしょっぱさに白龍は口元を歪めた。これからアリババは白龍に嫌がりながらも抱かれ続ける。アリババが生きていくにはそうせざるおえないように白龍は逃げ道を塞いでいるから。

「愛してますよ。あなたが俺に絶望した表情も愛せるくらいに。あなたが俺に見せてない顔はあといくつあるんでしょうね」





 見慣れた天井を見上げてアリババは目が覚ました。汚れたままの身体は重かった。白龍の姿はもう部屋のどこにも見えない。のろのろと身体を起こしてはしばらく何をする訳でもなくぼんやりとしていた。身に起きたことが言われたことが信じられない。でもこの惨状はなんなんだ。
 軋む身体を動かしていつものようにシャワーを浴びているとアリババから嗚咽がもれた。苦しくて立っていることもかなわずシャワールームにずるずるとしゃがみこんでアリババは泣いた。
 身体を清めて部屋を綺麗にして。いつもの作業なのにずっと手が遅かった。部屋の掃除が終わったと室内の電話で伝えれば、フロントからは仕事が来たとアリババに伝えられる。その仕事の相手は白龍からだった。明後日に入った予約にアリババは断る術を持たず呆然としていた。
――逃げれば良かったのか。それとも断れば良かったのか。
 生きていくにはどちらにしても仕事をしないといけない。ガチャリと音を立てて開いた扉が開いた。その音にアリババは身がすくんだ。おかしい。こんなこと今まで無かったのに。白龍の姿を見て、考えないようにしていた混乱が頭に溢れてくる。言葉が出てこない。
「どうしたんですか、アリババ殿」
 そう笑いかける白龍は今までアリババが知ってた白龍だった。昨日のことは嘘だよな? そう問いかけたいのに言葉が出ないままアリババが固まっていると口付けを落とされた。 最初は何が起きたかアリババにはわからなかった。今まで身体の関係はあってもアリババと白龍はキスをしたことがなかったから。
「この前のことは嘘ですよ。あなたの色々な表情を見たかったんです」
 囁かれながら抱き締められて、アリババは戸惑っていた。言いたいことが沢山あったはずなのに口にできた言葉は僅かだった。
「ほん、とう……に?」
「はい」
 返事と共に強く抱き締められているアリババからは可笑しくて仕方がないと口元を歪めてる白龍の顔が見えない。アリババにとって疑問が完全に解けた訳じゃない。ただ抱き締める白龍の腕の温かさに安堵して、それ以上問いかけることをしなかった。
――嘘だったんだ。白龍が言ったあんな恐ろしいことは。
 信じたかった可能性を自分で疑う強さを、弱りきっていたアリババは持っていなかった。
 甘い声を上げながら、けれども疑いを捨て切れずどこかで嫌だと思いつつも頭の中が快楽に支配されていく。
――あれから何度抱かれたんだろう。わからない。嘘だって言った。でも、また本当だって言われたら? 信じたい。信じたくない。
 熱い楔に揺さぶられて、どうして白龍は笑っているんだろうとアリババは頭の片隅で考えた。
 どうして白龍は笑えるんだろうか。と。あれから何度も白龍には抱かれて、今日だって抱かれている。俺の前で白龍は綺麗な顔で笑っている。俺に抱かれて幸せでしょう?笑って囁かれて、熱でまともに考えられない頭でアリババはただ頷いた。自分が笑えているかもわからないまま。
 白龍の傲慢な問いにもアリババは蕩けた表情で頷いていた。あんなに泣いて嫌だと悲鳴を上げていたアリババも今ではこんなにも白龍に従順だ。白龍を責めることもせずに抱かれ続けている。
「あなたは俺を疑わないのですね」
 そう囁くと情欲に支配されている筈の琥珀の瞳に怯えの色が映った。
――ああそうですか。
 アリババが何よりも恐れていることに思い当って、全てが自分の思い通りに進んでいるのだと白龍は確信した。
「あんな酷い嘘をついたのに、俺が疑われて仕方ないのにこんな……。俺の気持ちに答えてくれて感謝してます」
 謝罪めいた言葉を囁けばアリババの瞳に映った怯えの色は消えていく。
 甘い声を上げるアリババを引き寄せて強く抱きしめる。白龍は震えた。笑い出しそうになるのを白龍はこらえていた。いっそここで笑ってしまった方が面白いかもしれないと思いながら。
 次はどう弄ぼうか。嘘じゃなかったと言ってもいいかもしれない。でも、壊れてしまったらつまらないから、もう少し揺れ動くアリババの心を観察して言葉を選んでみようか。
 出会ったばかりの頃は眩しい太陽にすら感じていたあの人が、今ではこんなにも穢れて俺無しでは生きられない。本当のことを話しただけで死んでしまいそうだ。地上に堕ちた太陽と交わしたキスはとても熱く、甘い背徳の味がした。
 
 
 
 
 白龍しか客が来なかったから、アリババには他の男に抱かれるという考えが全く育っていなかった。突然舞い込んできた仕事に驚きながらも頷いて、受話器を置いてからあることにアリババは気付いた。
――あれ? 俺…。
 震えている手を自分で眺めている。客が来る前の準備をしている間もアリババの胸の内では心臓が嫌な音を立てて鳴っていた。
 どうしてこんなに嫌な気分になるのかわからない。
 笑顔を貼りつけて客に挨拶して、相手の肌を撫でる手が気持ち悪いと思った。悲鳴を押し殺して早く終わって欲しいと願っていた。この体は白龍しか知らない。白龍しか受け入れたことがない。見知らぬ男性に抱かれることがこんなにも嫌だなんて知らなかった。
 先に果てれば客より先にイくなと頬を張られた。根元を抑えられて奥を擦られて吐き出せない熱だけが溜まっていって気が狂いそうだった。中に吐き出された熱を感じると同時に解放されてアリババは酷い脱力感と共に意識を失った。


 他の男に犯されるアリババを白龍は隣の部屋でモニターから眺めていた。見知らぬ男に抱かれることを心から嫌がっているアリババを認めて、くすりと笑う。アリババの客は白龍が手配した人間だった。手酷く抱くようにと依頼してある。
 その翌日、白龍がアリババの元を訪れる。
「聞きました。お客さんが取れたんですってね」
「うん……」
「もう俺は来ない方がいいですか?」
「な、なんで!? 俺が他の奴に抱かれたから? だから嫌いになったって言うのか…?」
「違います。俺みたいにあなたを好いている人間がここに通えばあなたの仕事の邪魔になりませんか?」
 白龍はただ自分にすがりついてくるアリババが見たかったのだ。優しい言葉でまるで気遣っているように錯覚させて、アリババの様子をじっと観察している。
「そん、なことない。白龍が来てくれないと、俺…………」
 救いを求めるように伸ばされた手を引き寄せて、アリババを抱き締めれば聞こえる安堵のため息に白龍は感情を表に出さないように注意を払いながら、内心笑っていた。
――分かりやすくて本当に好きですよ。
 肩を離して、アリババの眼を覗きこむ。その綺麗な琥珀の瞳に自分の姿が映っているのを確かめる。
「いいんですか? 本当に?」
 白龍が問えばアリババは唇を引き結んで頷く。
「お願い……。キス、してくれないか…」
 強請る言葉のままに口を塞いでやれば幸せそうな笑みをアリババは浮かべていた。本当に、本当に幸せそうな笑みだ。白龍がモニターの中で眺めていた苦しげに歪んでいた顔とは対照的に。その笑顔に洗われるような心だったら、白龍は懺悔でも口にしただろうか。そこにいたのはアリババを抱きしめ自分の顔が相手からは見えないことをいいことに笑う白龍だった。

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