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  事の始まり――呼び名と正解


 師を仰ぐのは久しぶりだった。
 王宮で剣術を学んでいたあのころ以来だった。
 緊張した面持ちで先日の宴で紹介された八人将の一人、シャルルカンさんに稽古をつけてもらうために銀蠍塔へと俺は足を運んだ。一度紹介されただけだったが特徴的な銀髪と褐色の肌はすぐに見分けがついた。見つけて声をかけると、彼はすぐに抜き身の剣を向けてきた。
「まずは手合わせ。だろ?」
 細かい挨拶はその後と言わんばかりに太陽の日差しの下さっさと来いと彼は黒曜の剣を身構えた。そう来られれば俺も手合わせをするしかない。
――まずは力を示せってことなんだろう。
 ゆっくりと俺も先日手にいれたばかりの宝剣を鞘から抜いた。
「よろしくお願いします」
 シャルルカンさんの太刀筋は今まで手合わせをしたことの無いものだった。打ち合い、刃と刃がかち合えば力を入れる前に、もしくは力を込めた瞬間に受け流される。踏み込むタイミングを見つけられず、気付けば鋭く突きだされる刃を受けるのに防戦一方になっていた。
 手合わせの結果から言えば惨敗だった。シャルルカンさんの身が沈んだ、と感じたその次の瞬間に首筋に冷たいモノがひたりと当てられていた。
「筋は悪くねえなぁ。まだまだだけどな」
 身動きが取れず固まった視線の先でにやりと笑うと彼はすっと剣を収めた。
 首元が解放されてゆっくりと息を吐いて、俺も剣を収めた。腰を折り相手に一礼をして背筋を伸ばした。
「アリババ・サルージャです。シャルルカンさんの下で剣術を学ばせてもらいたく伺いました。どうかご鞭撻のほどを……」
「あー、そうゆうなしなしっ!」
 言葉は呆気なく遮られて、思わず固まった。
「…………へ?」
 勝手に抜け出た間抜けな声は意図してなかった。我ながら不味かったかと思いながらシャルルカンさんの様子を伺っていると、そんなことは気にも留めてないのか彼は俺に肩をすくめて見せた。
「堅っ苦しいのはいらねえっつーの。んな風にやってっから肩に力が入って太刀筋も鈍るんだよ」
 シャルルカンさんが足音立てて近づいてくるとグイッと首に腕を回されて引っ張られた。シャラリ。彼の首から垂れ下がっている鎖の音が耳に入ってきた。
「あとそのシャルルカンさんってーの?そいつも堅苦しいからアウト。もっと気楽に呼べねーとやってけねぇぞ」
「えっと……その、気楽って……」
 気楽だからと言って呼び捨てはダメだろう。愛称はもっとアウト。アラジンならシャルお兄さんとでも呼ぶかもしれないが、俺がそれをやったら引かれるどころかこの場で剣術を教えてくれないとか言いだしそうで怖い。
「……教えてもらう立ち場ならよぉ〜〜。それに見合った呼び方ってもんがあるだろ?」
「……先生?」
「違ぇっ!!」
「いだっ!?」
 容赦なく頭に振り下ろされた拳骨に目尻に涙が浮かんだ。
 以前の剣の師の呼び方を思い出しつつ言ってみたのに、不正解と言わんばかりに腕に力が込められてちょっと苦しくなる。
――なんなんだこの人は!?
 正解を模索して唸っていると、ぼそりと彼が耳打ちをしてきた。
「……俺はこれからお前の剣の師になるんだぜ?」
「…………師匠?」
 ですか? と聞く前に唐突に締めあげるようにして回されていた腕から解放された。
「それだっ!! つーまーりーだっ! これから俺のことは師匠って呼べよなアリババ!」
 さっきまでの不機嫌そうな表情から一転至極嬉しそうに笑みを浮かべている。つまりこれが正解だったんだ。
「では……。師匠!よろしくお願いしますっ!」
 勢いよく挨拶をすれば距離をとった師匠が先程披露した黒曜の刀を抜いた。
「んじゃ改めて。これから俺がお前の師になるシャルルカンだ。容赦なくしごくから覚悟しておけよ」
「はいっ!!」



 ……後になって、この時の返事だけは「お手柔らかにお願いします」が正解だったんじゃないかと思った。その日の夕方、力尽き傷だらけになりヘトヘトになりながら鐘の音を聞いて俺はそう思った。

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