小説 | ナノ


    かごをこわすひと1


 気がついたのは些細なキッカケからだった。泊めてもらっている民家で、夜に明かりがほしいと思ったときだった。

 眷属器で明かりを灯そうとしたら、それは何も反応しなかった。首をかしげたけれど、夜だからアリババさんは湯浴みでもしているのかもしれないと思って、その時は気にしなかった。それに必要としていた明かりは、別のところからランプを持ってきたから、すぐに眷属器に対する用事はなくなった。
  その日はそれだけで、私は何事もなかったように過ごしていた。眷属器が発動しなかったことも、深く考えず夜のまどろみの中で忘れてしまっていた。

 翌日の晩も同じ場面に遭遇した。やっぱり明かりが欲しくなって、眷属器を使おうとして、また何も発動しなかった。

――何かの、間違いじゃないかしら?

 またランプを借りたけれど、眷属器のことを忘れなかった。寝る前にもう一度と、魔力を送るよう集中してみたけれど、眷属器は光らなかった。炎のジンであるアモンの眷属が宿っているはずの腕輪。いつかは野営の灯火になって、いつかは夜道の明かりになって、私の道を照らしてくれていた炎が呼びかけても現れてくれない。今、腕輪は沈黙したままだ。
  急に不安が胸に押しよせていた。

――いつ、から? 一体いつから?

 いつから眷属器は発動しなくなっていた?

 そう思って、少し時間をおいてからまた眷属器を発動させようと思った。けれども、私の眷属器は全く動かなかった。何度も何度もやってみても、動かない。
  心臓が早鐘をたてる。息苦しくなって思わず私は胸を押さえた。手も震えていた。暗闇の中で窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らしていた。その月明かりに、ふと私は気付いた。

――夜、だから?

 夜だからアリババさんは寝ている。だから、近くに金属器がないのかもしれない。近くにあるって言ってもアリババさんの寝ぞうの悪さは私も知っている。だから、きっとこれは間違いに違いない。朝になればきっとこの腕輪は、いつものように炎を灯してくれる。
  そう自分自身に言い聞かせて私は呼吸を整えていった。不安はまだ残っているけれど、布団に潜り込んで瞼をつぶる。早く朝になればいい。そうすれば、眷属器も何事もなかったように発動してくれる。この不安も消えてくれる。

 腕輪を握りしめて、私は強く瞼をつむった。





 使う必要がなかったせいか、最近私は眷属器を発動させていなかった。

 大峡谷を渡ってしまえば、その先の大地で使う必要はすぐになくなった。ファナリスが集まって住んでいる集落を見つけたからだ。その村の族長に会い、事情を話して、しばらくその集落に私は滞在することになった。
  何も知らなかったファナリスのことや、どんな大地でどんな暮らし方をしているのか、どんな歴史を持っているのか。気になることをひとつひとつ私は教えてもらっていた。初めて知ることばかりで、それが嬉しくて、私は夢中になって沢山のことを学んでいった。

 その生活の中では、眷属器は必ずしも必要ではなかった。というのもファナリスの常人外れた身体能力は、道具を使わずとも多くのことができてしまう。移動も木の登り方も、私は他のファナリス達に倣ってあえて眷属器を使うことはしなかった。

 それでも、思い出したように私がそれを使おうとしたのが一昨日の晩のこと。
  そして、今朝も、その後も、眷属器が発動することは無かった。

 時間が経てば経つほど、不安は募っていく。
  別れ際のアリババさんは、『何があっても手放さない』と言っていた。その言葉がなければ、私はこれほど不安を感じなかったかもしれない。
  それに、ユナンさんは『こちら』の世界――つまりアリババさん達がいる世界で、これから戦争が起きると言っていた。

――アリババさんは戦火に巻き込まれたのかもしれない。でも、それなら金属器を手放すなんてことあるのかしら? 逆に危険が迫っているのなら身近においているはずじゃないの? 何の理由があって金属器がアリババさんの手元から離れているの? それとも――。

 最悪の想像まで浮かべそうになって、振り払うように首を横に振った。

――そんなこと、あるはずがないわ……。

 何を考えても、情報も何もない中では不安は募る一方だった。



「モルジアナ、どうしたんだい?」

 声をかけられて顔を上げれば、そこには緩やかな笑みを浮かべる青年が座っていた。

「ユナンさん……」

 平原にまばらに生えている亜高木の木陰で、ユナンさんは座って本を読んでいた。どうも考え事をしながら村はずれの林に、私は歩いてきてしまったらしい。けれども、ここでユナンさんに会えたことは運が良かった。今抱えている疑問も彼なら分かるかもしれない。

――マギなら、わかるかしら。

 私は眷属器が金属器に宿っているジンから力を分けてもらった眷属が宿る道具ということくらいしかわからない。細かい仕組みがどうなっているのかとかは当然しらない。けれども、ルフの流れを見ることができるマギなら今の私の眷属器の不調の原因もわかるかもしれない。

「あの、相談……というか質問があります。すこし時間をいただいてもよろしいですか?」
「僕でよかったら」

 柔らかい笑みを浮かべてユナンさんは、手にしていた本を閉じ、私の相談に乗ってくれた。事情を話せば、わかるかもしれないと。一抹の希望を感じて私は腕輪を外して渡した。木漏れ日に照らされて光を反射する、私の大切な思い出の品。アリババさん、アラジン、ゴルタスという私の恩人達との絆を感じさせてくれる腕輪。
  探るようにユナンさんはその眷属器に視線を落とした。

「わかり、ますか?」

 僅かな沈黙の後、堪えきれなくなって不安から声を出してしまった。祈るように聞きながら、その結果を聞くことがとても怖い。知らずに手に力がこもっていた。指先が手のひらに食い込んでいた。
  ユナンさんが落としていた視線を上げた。

「大丈夫だよ。この腕輪にはジンの眷属が宿っている。力が発揮できないのは大本の金属器が主の手を離れているせいだね」

 それと、とユナンさんは柔らかい笑みを浮かべて続けた。

「その金属器の主なら無事だよ。モルジアナが心配していることは、眷属が宿っている間は大丈夫だから」
「本当、ですか?」

 私の心情を見透かしたように、彼は頷いた。

「それは、どうしてわかるんですか?」
「金属器の主が死んでしまうと金属器に宿っているジンも役目を終えて迷宮に帰っていく。その時に眷属も一緒に連れて行かれるんだ。この腕輪には、眷属が宿っているままだ。だから、君の主は大丈夫だよ」
「……よかった」

 肩から力が抜けていく。ずっと不安に思っていたことが、違うとわかっただけでこんなにも安心できるなんて。

――良かった。アリババさんは無事なんだわ。

 自然と安堵のため息が漏れた。

「気になるならもう少し調べてみるかい?」
「できるんですか?」
「うん。ちょっと時間がかかるけどね。ちょっと両手を出してくれるかな」
「?」

 何をするんだろうと、言われるままに手を前に差し出した。その手に、ユナンの手が軽く重ね合わされた。そして、その手が離れると、少し体が重くなった気がした。

「少しだけ、君の魔力を借りるよ。それと眷属器も借りていいかな」
「お任せします」

 七日後にまたおいで、と言われてその日は村に戻っていった。





 何が起きているのかわからず、胸がざわめいて苦しかった。本当なら今すぐにでも駆けだして行きたいのに、大峡谷を自力で渡るには眷属器の力が不可欠だった。今の私にはユナンさんを待つことしかできない。

――アリババさんは、どうしているんだろう? どうして金属器を手にしていないのだろう?

 腕輪がついていた手首をさすって、来た道を戻っていく。
  ずっと身につけていた腕輪がないだけで、こんなにも寂しい。こんなにも心もとない。
  自分でもどうしたらいいか分からないほど、足が、重かった。




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