残念な男 1


※この話に名前変換はありません。なお全体的にキャラ崩壊気味で下品な上、下ネタ全開ですのでご注意ください



久しぶりの本社に俺は心弾む思いだった。というのも同期のヤツラとは違い俺だけ途中で地方の出張所に転勤になったからだ。そこにはオッサンとオバちゃんしかおらず若手は俺一人という有様で、日々事務所と家の往復という単調な毎日だった。だから若い女の子が拝める今は極楽のようで俺の毎日は非常に充実していた。
俺は目新しいせいか女子社員から『九年目のプリンス』だなんて呼ばれているらしい。でも何故『九年目』なのかは謎だったが。しかも俺がちょっとした用事で他の課へ呼ばれると、その部署の女の子がハートの目をして俺を目で追うのは正直満更でもなかった。
もっとも仕事自体はハプニングの多い出張所の方が楽しかった。なぜなら今の俺の職場は総務部総務課庶務係、いわば社内の何でも屋なのだ。種々の機械の不具合から各部署の内部提出書類、備品の管理など全ての雑務を担当する。
しかも何でも屋というだけあって毎日とんでもない案件が持ち込まれてくるのだ。上は会長の思い付きから下は社員が持ち込んだ毒ヘビの捜索まで、ありとあらゆる揉め事でひっきりなしに内線が鳴っていた。
だが目下一番の悩みは同期の潮江、既に課長代理のヤツから電話一本で命令される迷子捜索の依頼だった。悔しいがアイツは仙子を除いた同期の出世頭だ。もちろん俺より上の立場だから従わざるを得ないが、潮江の依頼は正直うっとおしかった。


俺が本社に戻ってきたことを出汁に「水軍」で開かれた久しぶりの同期会は、役職の上下も関係ない完全な無礼講だ。本当はよく食いよく飲む七松がいるから安上がりな「居酒屋ぱんちゃん」の方がよかったが、気の置けない仲間との飲み会は潮江が参加していても楽しみだった。酒が入って下らないことで盛り上がる奴等を見ていれば、やはり同期が集まるのはいいもんだとしみじみ感じた。
例え性格を知っていようと相変わらず妖艶な笑みを滲ませた仙子の美貌に胸を弾ませながら、これまた変わらず明朗快活やりたい放題の少年のような七松に思わず頬も緩む。傍らで隈を作った男がムスッとしているがその表情は心なしか嬉しそうにみえた。
「もう戻って来られないかと思っていたぞ、留三郎」
「私も辞めたかと思ってたぞー」
「そりゃないだろ、仙子!小平太、お前失礼だな」
「留三郎がいないと静かで良かったんだが」
「うるせー、文次郎!黙れっ!」
「何だとっ?!」
「あいよっ、お待ちどっ!」
あわや一触即発の絶妙なタイミングに水軍の大将、協栄丸さん自らがジョッキを運んできて俺達の間に割って入った。
「おう、食満君!久しぶりだねえ、島流しはどうだったい?!」
島流しってさ。別に俺は何もしてねえし。潮江がニヤニヤしてやがるのがムカつく。
「今日は義丸さん、お休みなんですか?」
「いやな、アイツには支店出させたんだ」
「鬼蜘蛛丸さんも?」
「ヤツは陸(おか)にいるのが性に合わねえってんで浜に近い店にいるよ」
そうでしたか、と相槌を打ちながら俺がいない間にこの店も随分変わってしまったのだと感慨に耽る。二人とも腕の良い板さんだったが、浜育ちの鬼蜘蛛丸さんは「都会が合わないんです」と男らしい顔を困ったように歪めて、ことさら海辺の町へ戻りたがっていたことを懐かしさと共に思い出した。

「留三郎、久しぶりー!」
「……元気そうでよかった」
「おっ、伊作に長次!」
懐かしい顔が全員揃う。厳密にいえば善法寺は下のクリニックの先生で同期じゃない。が、同い年ということですっかり同期の輪に溶け込んでいた。
「よーし、留三郎の本社復帰を祝って今夜は飲むぞ!いけいけどんどーん!」
今日の被害者もたぶん伊作だろう。仙子が小平太の音頭に眉を寄せ、俺に目配せしながら苦笑する。俺に向けられたんじゃないものの、上目遣いにチラと送られた視線にくらくらとした。

 ───いかん、相手は仙子だそ。酔ったが最後取って喰われるんだ。

「おーい、伊作!お前グラス空いてるぞ!」
違うぞ小平太、それは中ジョッキだ。
「重ちゃん!ボトル3本出して!」
「何で割ります?」
「ウーロンとお湯と「ロックで!」」
七松が「伊作、カシスなんてそんな甘いの頼むなよー」なんてこぼしている。放っといてやれよと思うが転勤前と変わらぬ懐かしい光景のままが心地よい。
「…小平太にはホッピーがいいんだろうが…水軍にはないからな」とメニューから顔を上げずに中在家が呟いた。相変わらず寡黙だが以前より渋い感じになっていて、こいつは歳を経るほど男前になるタイプなんだと感じた。
「はい、お刺身盛合せでーす!」
重ちゃんが大皿を運んで来たが、俺たちはまだ何も注文していない。互いに顔を見合わせていると、カウンターの大将がニッと笑って「俺からのお祝い」と口を動かした。
その後は考えなしにアルコールを注文しようとする七松を制しつつ、中在家はよくよく吟味したメニューを注文した。料理男子なヤツに任せておけば間違いはないから仙子も何も言わなかった。
そんな感じで和やかに進んでいた歓迎会だったが、相変わらず七松を始めとした面々の酒の消費量は半端じゃなかった。隈が出来るほどストレスの溜まっている潮江は元より、平素は柔和な顔を見せることを要求される善法寺はガンガン飲んでいる。そんな俺達四人とは他人の振りをしつつ、いい雰囲気で語り合う仙子と中在家が羨ましい。そんな二人をからかってやろう、ほんの出来心だった。俺は仙子の肩に手を置きながらニヤリと口を歪めた。

「仙子ー!まだアイツと付き合ってんのか?」
だが俺は知っている。とっくの昔にそいつとは別れたことを。酒が入ってほんのり目尻に色付いた仙子の色香は半端じゃない。前に義丸さんが本気で口説いていたくらいだ。
「ふん、いつの男のことだ?アイツじゃどれか解らんな」と仙子が鼻白んだ。そんなに代替わりしてたのかと愕然とする。
「留三郎こそ僻地から戻ってきて気に入った女はもう見付けたのか」なんて逆に尋ねられる始末だ。
「そうだなあ、お前んとこの髪の長いキレイな子。あの子可愛いよな」
「宇宙と交信してるがな」
仙子が苦々しそうに応える。横から中在家が「…常識が通じない、…自由気ままってことだ」と付け加えた。案外、仙子も苦労しているらしい。
「あとは人事に入った可愛い子な」
「お前の部にも可愛い子がいるではないか」
「流石に同じ部署の女子社員をどうこう言えない」
「留三郎も意外と常識人なんだな」
仙子がクスクスと笑った。その背後から酔った七松が店中に響き渡るようなデカイ声で、
「何だ、留三郎!女の子の話か!」なんて言いやがった。その上、
「私も女の子はみーんな好きだぞっ!」と力説する。

 ───「私も」ってなんだよ、「私も」って!お前と一緒にすんなよ!

「最近の当りは人事の子だな!」
「だよねー、清楚だから未だにセーラーとかブレザーとか学校の制服が似合いそうだよね」
「俺はセーラー派だな」
酔った善法寺が火に油を注ぎ、同じく酔った潮江がニヤリとした。何だよ、日頃顰めっ面してるくせにこのムッツリが。
「夏ブラウスにリボンタイもいいがな」
「でもさ。彼女、胸がないからねえ」
止めろ、潮江も善法寺も、恥ずかしいだろ。
「そうなんだよな、巨乳フェチの私としてはかなり残念なんだ」
「待て、小平太。フェチというのは物に対する特殊な性的嗜好のことで、巨乳は一般的だから当てはまらないぞ」
あろうことか仙子まで。
「小平太の場合はただの巨乳好きだ。形やサイズ迄こだわるならマニアとも言えるが」
フェチとはハイヒールやストッキングを履いた中身の女子に興奮するのではなく、外側のブツでハァハァするのだ、と何故か詳しい仙子が説明した。一堂酔ったノリで大いに納得している様が何とも情けない。
「じゃあ仙子、留三郎が好きなコスプレはマニアってことか」
「そうだ。ラバーアイテムなどはグレーゾーンだな。だが全身タイツまでいくとこれはもうフェチに入る」
「難しいんだな」
小平太、そんなことで悩むな!それより「留三郎が好きなコスプレ」って何だよ!俺は違うぞ!
「留三郎はどっち?」
トロンとした目付きで伊作がもたれ掛かってきた。またコイツを連れ帰るのが俺の役目になるのかと思うとおちおち酔ってなどいられない。一体誰の歓迎会なんだと割り切れない気持ちを抱きつつ、酔って頬を染め憎めない顔で見つめてくる伊作の下らない質問に答えてやった。
「何についての『どっち』なんだよ?」
「色々あるでしょ?メイドとかアニメとか。普段から制服着る職業もあるしさあ」
「どれも似合う子が着ないと意味ねえだろーが」
「今、留三郎がイイことを言ったー!」

 ───良くねえよ!伊作、お前もう飲みすぎ。

いつもより機嫌良さそうな潮江が厭らしい笑みをこぼしながらこちらを向いた。
「留三郎は若いのがいいんだろう?倫理法律上引っ掛かるようなのが」
「文次郎、確かに俺は年下好きだが常識的な範囲に限られるっ」
「貴様の常識なぞ当てにならんからな」
「何だとっ!」
潮江と俺が二人して同時に立ち上がる。音をたてて椅子が後ろに倒れた。だが、
「まっ、抑えて抑えて。久しぶりの飲みなんだぞ」
と両脇から七松と中在家に押さえられる。
「重ちゃん、ボトルあと2本追加ねー」
その隙に七松はまた追加していた。どんだけ飲む気だよ。残ったら店にキープして貰うつもりだろうが恐らく絶対に残らない。俺の経験則だが。そんな七松はグラスに残った焼酎をぐびぐびと飲み干しながら話を俺に戻した。
「で、実のところ留三郎は上下何歳までイケるんだ?あ、ちなみに私はな…」
聞きたくないのに七松は「上下20歳までは問題ないぞ」なんてほざいた。問題有りまくりだっての。流石に仙子が渋い顔をする。
「大丈夫だぞ。無理な場合は愛でるだけだ」
何が無理なんだよ。一人ポン酒を飲んでいた中在家も困り顔でしきりに杯を口に運ぶ。皆自分に話を振られないよう警戒しているのだろう。
「恋愛するなら下が10歳、上は15歳だな。ただし持つもの持っていれば上は∞(無限大)だ」
「仙子らしいなあ」
ワハハーなんて皆笑ってやがるし。頭痛いぞ。
「文次郎は?」
潮江が身体をビクつかせた。何だよ、タマがちいせえ男だな。
「お…俺はだな。精々下は大学生、というかせめて高三以上だな」
「文次郎!一人だけ守りに入るつもりだなっ!ずるいぞっ!」
七松が口を尖らせると中在家の冷静な突っ込みが入った。
「……文次郎、18歳といっても…高校生はアウトだ」
「確かに高校生グラドル見てると可愛いけど、実際駅にいるのを見れば難しく感じるな」
俺が同意すると「だろっ?!」とリアクションしてきた潮江の隈に目が行って、もの悲しい気持ちになった。
「入社したての頃ならともかく今更なあ」
「だよなあ…」
「あのテンションに着いていけるかどうか」
「だよなあ…」
「大学生のノリでさえ厳しいよなあ」
「…………」
六人が六人とも一斉に口を閉ざすと、黙々と銘々のグラスなり猪口を口に運んだ。遠い目をした善法寺が呟いた。
「最近はもう見てるだけでいいって感じだよねえ」
「真冬のナマ足は無敵だからな」
仙子が敗北を認めるとは意外だ。その時、店の入口が軽快な音と共に開いた。酒と煙草で澱んだ店内に爽やかな空気が吹き込んできて気持ちがいい。
「ぃらっしゃーぃ!」
「空いてるお席にどうぞー」
横目で新入りの客を一瞥すれば我々の見知った顔がある。すかさず七松が声をかけた。

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