リア充になりたい


若干if設定というか、もう少し先の時間軸というかそんな感じの話です





奈々子ちゃんとの定例の情報交換は、誰に聞かれているか分からないから毎回違う店に行くようにしている。先々週は甘味屋だったから今週は普通のカフェを待ち合わせ場所に選んでみた。少し暗めの灯りがとてもいい雰囲気でなお且つコーヒーとザッハトルテが美味しいのもポイントが高い。通り沿いから店内を窺えば珍しく先に来ていた奈々子ちゃんは、窓際の席に座り落ち着かない様子で俺を待っていた。

俺と奈々子ちゃんは業務都合で一応つき合っているとされているから、いつもそれらしく親密な雰囲気に見えるよう配慮していた。だから今ではどんな店のベテランマスターにも全く怪しまれないごく普通のカップルといってもいいだろう。そう、形の上では。
でも今は彼女と組んだ当初と少々事情が変わっていた。元々奈々子ちゃんが俺の好みだったことも手伝って社内のどの女の子より彼女と親しくなった俺は、奈々子ちゃんに対して仕事上のパートナーを遙かに越えた感情を抱くようになっていた。一方の奈々子ちゃんは俺のことをある意味同じ部署の女子社員以上に信頼してくれているようだった。だけどそれは俺にとってこの上なく厄介で都合の悪い代物といえた。

椅子を引く俺と目が合った奈々子ちゃんはホッとしたように頬を緩ませた。何というかさ、もっとこう、心から嬉しそうな顔をしてくれたらなあ、なんていうのは俺の贅沢だろうか。そんなことを考えながら注文を済ませる。給仕の人が立ち去ったのを見るや奈々子ちゃんは恐る恐る口を開いた。

「あの……尾浜さん。折り入って相談がありまして」
奈々子ちゃんはストローを弄びながら少しだけ俯いた。ああ、またか、という様子はおくびにも出さないよう俺は微笑んだ。
「へえ珍しいね。何?奈々子ちゃん。その様子だともちろん仕事の話じゃないよねー」
「どっ、どうして分かったんですか?!」

相変わらず鋭い、といった顔つきになると奈々子ちゃんは息を飲んだ。そもそも彼女が考えそうなことはだいたい推測がつく。職業柄とはいえ伊達に人間の観察を続けている俺じゃない。

「で、どうしたの?」
「あ、はい……。実はこの間の研修である方と知り合って……」

 ──そう、相談相手としての信頼。主に恋愛面に於いての。そしてそれは友達と恋人の境目にある越えられない壁として俺の前に立ちはだかっていて。

「へえ、今回は失恋じゃないんだ」

そう応えると彼女は不服そうに口を尖らせた。でも奈々子ちゃんが恋に破れたり誰かを好きになる度、俺のところまで相談に来るのは既に恒例行事となっている。もっとも奈々子ちゃんはそのパターンに気づいていないかもしれないけど。

「もー、止めてくださいよ。あの人のことはもうどうでもいいんですっ」

困惑しつつも恥ずかしさを誤魔化すように慌てる奈々子ちゃんの仕種に何ともいえない気持ちになる。何だって顔を赤らめてるんだよ。それにいったい何処のどいつだ。奈々子ちゃんにこんな表情をさせるやつは。
俺は腹の底からじわりと広がるドス黒い熱を覆い隠すように、いつもに増して朗らかな笑顔を作った。たぶん奈々子ちゃんは俺の微妙な変化を見抜いてはいないだろう。だが正直に告白すると、俺はこの『ドス黒い熱』を抑圧しこのままどこかへ消し去ってしまうわけではなかった。

奈々子ちゃんがべそをかきながら「うわーん、尾浜さーん」なんて猫型ロボットよろしく俺に泣きついてくるのはいつものことだった。で、その都度俺はよしよしと頭を撫でてやる係だったりする。だから俺は奈々子ちゃんがそろそろ来るであろう頃合いを見計らっては適当な店を用意したりスケジュールを空けたりしていた。多忙な俺がどうしてそんなことができるのか。それは奈々子ちゃん自身が失恋することを知るよりずっとずっと前から、俺は彼女が失恋する時期も理由も知っていたからだった。

俺は該当の男と奈々子ちゃんがいい感じで盛り上がったと聞くや否や、さり気なく飲み会やイベントをセッティングしてヤツ好みの女を当てがってやった。俺のポリシーとして女の子は彼氏募集中の子にするから、カップル成立の暁には二人から感謝されるわ俺は安泰だわで一石二鳥なわけで。もっとも必ずしも奈々子ちゃんが気に入るのは同期じゃないので、時には七松先輩や食満先輩を間に通して俺が参加しなくてもいいよう手配する。調子の良いタイプは大抵これで済むから楽なものだった。

けれど相手がその手には引っかからない生真面目なタイプだと少々手間がかかった。だからソイツが興味ありそうな研修や仕事上役立つ資格など、なるべく社外で行われ長期間拘束されるか、もしくは終業後に行われる講座を提案してやった。その上どれも会社から多少の補助金が出るものに限った。
もちろんこれは職権を乱用した人事からの強制的な指示ではない。あくまでも俺は相手にただ『提案』してやるだけだ。それでもソイツが研修から戻り時間の余裕ができる頃には既に奈々子ちゃんの興味が他へ移っていることも多く、あれでいて切り替えが早い奈々子ちゃんなので誰も傷つかずに済むし好都合だった。
他にも色々な手だてを考えたが、こうして俺が奈々子ちゃんの恋話を葬り去ったのは一度や二度ではない。当然のことながら奈々子ちゃんは俺の暗躍には全く気付いていなかった。

けれど時には俺もしくじることがある。前の前は際どいタイミングだったらしく結果的に奈々子ちゃんを本当に泣かせる羽目になってしまった。その時は丁度忙しくて俺と彼女はゆっくり話す機会がなく、気が付くのが遅れてしまったのだ。勿論これは大失敗だし俺も心から反省している。
だからそれ以降は注意深く観察するようにしていた。といっても奈々子ちゃんのことだから月に二回程会って食事に行けば、どの部署で誰と会ったかなど自分からぺらぺら喋って情報を流してくれるので大した苦労はなかった。


「実は……今気になってる人がいて……」
「へえ、もう名前とか分かってるの?」
「トモミちゃんに聞いたら茂武さんって……。尾浜さんご存知ですか?」

奈々子ちゃんは喜々としつつそいつのことを出会った日から詳細に話し始めた。頬を紅潮させ目を輝かせながら俺に促されるまま話しを続ける。名前を耳にした俺はそういやそんなモブリーマンがあの部署にいたっけと思い出しつつ、今回はどうしてやろうかと考えを巡らせる。いずれにしても早目に手を打つに越したことはない。

聞きたくもない不愉快な話だけど、まあ、俺としてはそいつの情報収集ができるから全く利がない訳じゃない。とはいえ努めて冷静で頼れる尾浜さんを装ってはいても、心の中まで穏やかでいられる程人間の出来た俺じゃない。ざわざわと波立ったそれは今にも溢れ出しそうだった。
奈々子ちゃんは俺の強張った笑顔が気にならないんだろうか。いや普段からポーカーフェイスが得意な俺だ。気付いたら彼女じゃないし、むしろ気が付かないのが奈々子ちゃんの良いところでもある。けれど、いつかは分かってくれたらいいのに、と屈託のない笑みを惜しげもなくこぼしてとりとめのない話を続ける奈々子ちゃんを前に俺は切なくなるのだった。

「でも私……鈍いせいか毎回上手く行かないんですよね」
好きになった人にはタッチの差で彼女ができちゃったりして、なんて溜息を吐いた。
「うーん、鈍いのは確かだよね」
そう返しながら、本当は俺が邪魔しなかったらもっと早くリア充になれてるんだけどね、なんて心の中で呟く。

少なくとも俺の知る限り八神さんの好感度は低くない。中の人が同じだけあって男子社員からは、七紙さんだってルックスに慣れれば案外感じがいい人だという評判も聞いている。まあ、彼女にするかどうかは別だけどさ、という台詞が必ず付いてくるのはご愛嬌だろう。だから奈々子ちゃんがそのことを知らなくて俺は一安心していた。
早い話、俺が奈々子ちゃんにさっさと告ってしまえばいいだけだったりする。でも奈々子ちゃんがOKするかどうか今一つ確信が持てない限り、俺はこのままゆるくて誰よりも近い関係を続けていたかった。

「尾浜さんは私と違って百戦錬磨の恋愛マスターじゃないですか。いわゆるリア充ってやつ?」
「そんなに経験ないって。俺だって本命だと上手くいかないんだから」
奈々子ちゃんが疑り深い目つきで俺をのぞき込んだ。そんなに信用されてないのかと思うと心底がっくりとくる。
「でも、間違いなく私よりは豊富だと思いますよ」
いやいやいや、数の問題じゃなくて質の問題だから。そこは拳を握り締めて強く否定したいところだ。もっとも事実として奈々子ちゃんの指摘も間違っちゃいない。
「だからどうしても今回こそは成功させたいんですよっ」
そう言い切って身を乗り出した奈々子ちゃんの真っ直ぐな眼差しが胸に突き刺さる。ついでに俺の心も大打撃だ。

「ふうん、そっか。ま、奈々子ちゃんは『仕事上』の大切なパートナーだしね。頼みとあらば引き受けない訳にはいかないかな」
奈々子ちゃんの瞳がきらきらと輝いた。
「じゃ、俺に任せて。調べておくから」
いかにも余裕がありそうな態度でそう応えると奈々子ちゃんは満面の笑みを返してきた。こんな顔をされて頼られるのは男として嬉しいけれど、ものすっごい複雑な気分。

「尾浜さんっ、ありがとうございますっ!」

さて、あのモブ野郎をどうしてやろうかと考えながら、俺はすっかりぬるくなったコーヒーを口へ運んだ。


-了-

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非リア充と思い込む夢主がリア充になろうと奮闘するのを、応援するふりしてひたすら妨害する勘ちゃん。
(お題:刹那さん)

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