疲れには甘味を 4
「まさか俺が嫉妬してるなんて馬鹿なこと考えてないよね?!」
えっ違うの?!ていうか半分当たりなんだけど。もっとも、まさかのまさかだと思っていたから私にしてはまだマシ?
そんな私を尾浜さんは冷やかな瞳で見下ろした。威圧感も何もなく、ただ鋭いだけの氷のような眼差しに感情は一切こもっていない。私の見慣れた愛想の良い尾浜さんはそこにいなかった。
「鉢屋から聞いた筈だし立花先輩からも言われてるでしょ?」
というと…。
「対外的には付き合ってることになってなかった?」
───ですよねー!!
何でこの子をチームに入れたんだろ、と尾浜さんは額に手を当てながら抑揚のない声で呟くから、私は居たたまれなくなった。
そうだよ、ホントそうなんだよね。今朝言われたってことは、その瞬間から始まってるってことじゃない。またやってしまった、と私は俯いた。
「も、今更言っちゃったのは仕方ないから。山田さん?だっけ?連絡来たらちゃんとフォローしとくようにね」
それは…尾浜さんが彼氏だと伝えておけって意味ですよね。業務都合とはいえそれも何だか微妙な気がした。
そんなことをぐるぐる考えていると、向こうから見たことのある派手な容姿の女性が近付いてくる。彼女は携帯で何やら話しながら顔を上げると私の視線に気がついたようだった。背筋を伸ばしヒールをカツカツいわせながら確信を持ってこちらへ歩み寄る彼女からは、聞き覚えのある高めの声がした。
「あら!奈々子ちゃん!……と、尾浜さんじゃない?!」
えっ?どうして、と傍らを歩く尾浜さんの様子を窺えば、こめかみがピクリと動いて一瞬眉を寄せた、ような気がした。尾浜さんも彼女を知ってるってことだよね。しかもあんまり良い印象を持っていない。
「お久しぶりです!北石さん」
「元気だったー?」
「はい、北石さんも」
と答えながら、相変わらず香水も化粧も濃いなあと忙しなく動き続ける北石さんの唇を見つめる。
「次の案件で行ったら、もう奈々子ちゃんがいなかったから吃驚したわよー」
「まあ、色々と紆余曲折がありまして…」
私は言葉を濁した。
「でも驚いたわー、尾浜さんと知り合いだったのね」
と北石さんは目を丸くした次の瞬間、
「まさか…付き合ってるの?」
どうして唐突にそう考えるんです?!山田さんといい北石さんといい。私が何か飲んでたら鼻から噴き出してますよ。思いもよらない問いかけに私は返事を忘れて唖然としていた。すると尾浜さんが代わりに答える。
「そうですよー」
それを聞いた北石さんは少し屈むと私の肩を抱き寄せ、強引に通りの端へと連れていった。北石さんはキリリとした意思の強そうな眉を寄せながらボリュームのある睫毛で瞬く。
「尾浜くんは見た目のまんっまだからね」
「はあ……」
「はあ、じゃないの!奈々子ちゃん、あなた気を付けなさいよ!ぼーっとしてるんだから」
北石さんは眉をつり上げながら機関銃のごとく早口で捲し立てた。だから遠巻きながら話の内容が分かったのか、尾浜さんが鼻白んだ様子でブーイングを出す。
「もう北石さん。奈々子に変なこと吹き込むの止めてくださいよー」
変なことって…。言われなくたって自分なりには注意してますよ。不十分かもしれないけど。
尾浜さんの方をチラリと一瞥しながら北石さんは私に顔を近づけた。開いた襟元から彼女の香水がより一層強く香った。
「私が付き合ってるの?って聞いたのはね。尾浜さんと一緒にいる子は大抵そうだからよ」
何がそうなんだかよく分からないので北石さんへは生返事をしておく。もっとも推測はつくから答えを聞きたくないというのもあった。