疲れには甘味を 3


「山田さん!お久しぶりです!」

最後の最後で超絶ラッキーが待ち受けていたなんて。もう踊り出したいような気分。ふと横にいる尾浜さんに意識を向けると無表情で山田さんのことを見つめている。でも微かに強張っているというか警戒しているというか、とにかくあまり良い印象がないみたい。

仕方ないよね。この「山田さん」、山田利吉さんは前の会社で一緒になったコンサルタント会社の人だった。外部の人だから期間は限られるものの、そこでは女子社員から絶大なる人気があった。一応、シノビ社内でモテる…らしい尾浜さんにとっては、天敵に遭遇したようなものだろう。カブトムシの縄張り争いみたいなものかと思う。

「奈々子ちゃん、この近くで働いてるの?」
と尋ねた山田さんは私の傍らにいた尾浜さんを一瞥すると、矢継ぎ早にこんなことを質問してきた。
「奈々子ちゃんの新しい彼氏…かな?」
「違いますよー」
間髪入れずに否定する。でも山田さん、彼氏ってのはいいけど『新しい』は余計ですから。
「山田さんもこの近辺の会社に?」
「ああ、そうなんだ」
この辺りはオフィス街だからビルも多く会社は無数にある。山田さんのことだからどこかの外資に該当の案件で呼ばれたか、プロジェクトチームの一員として参加するのだろう。彼はルックス面で女子人気は高かったが、やり手のコンサルタントとして男性社員からの信頼も厚かった。

それまで黙って話を聞いていた尾浜さんが口を開いた。
「前の会社の知り合い…かな?」
「そうなんです。前の会社で外部からのコンサルタントとして山田さんが参加されてたんです」
そっか、と気のない返事をした尾浜さんが私から数歩離れたのは、どうやら気を遣ってくれたということらしい。そんな尾浜さんに目を遣りながら山田さんは爽やかな笑みを見せた。
「彼氏を待たせちゃ悪いしね」
また連絡するよ、と山田さんは然り気無く傍らの店の様子を探るように覗き込んだ。
「いえー、彼氏じゃないですよー!同じ会社のよく話す人ってだけですから気にしないで下さい」
ついつい声も弾む。そんな私に背を向けながら尾浜さんは手持ち無沙汰なのか、ケータイを取り出して何かを見ていた。
山田さんは嬉しそうな私と暇を持て余している尾浜さんを交互に見遣りながら、再び微笑んだ。
「奈々子ちゃんの連絡先はまだ変わってないのかな?」
「はい!同じですっ」
もの凄い勢いで縦に首を振る私に、山田さんは苦笑しながら内ポケットから携帯を取り出した。操作をした後暫し画面に見入っているから、どこからか仕事のメールが入っているようだった。というのは何となく山田さんの顔付きが女の子からのメールを読んでる感じじゃなかったから。
山田さんはもの凄い早さで手短に返信すると私に言った。
「アドレスはnanako775@で合ってるかな?」
はい!間違いないです!
「じゃあ、また連絡するよ」
山田さんは初夏の高原みたいに湿度の低い爽快さだけを残して人混みに紛れると、瞬く間にその姿は分からなくなってしまった。


山田さんの後ろ姿を名残惜し気に目で追っていた私は、夢から覚めたように尾浜さんの存在を思い出すと彼の方に向き直った。
「尾は…」いいかけた私に尾浜さんは無言のままパタリと携帯を閉じて顔を上げた。でも目元の笑っていない口角だけを持ち上げた微笑がとっても怖い。
あー、えっと…、尾浜さん。その…何か怒ってます?
「……行こっか」
ハ、ハイ。私は黙って彼の少し後ろをついていく。真横を歩きたくないのは勿論、尾浜さんが怒っているからだった。
「理由は分かるよね?」
「…………」
理由が解っても解らなくても、どのみち怒られるのは必至だったから私は沈黙を貫いていた。

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