疲れには甘味を 2
「あそこは以前から強引なやり口だったからね。何をしてくるか分からない不気味さがあるかな」
同族会社であるオーマガ・グループの社長派と専務派の対立を促して乗っ取りを謀ってるからね、と答えた。
「ま、社長からしてオーマガ・グループ自体どうしようもない会社だからさ。本社の土地取得が目的なんじゃないかって話だね」
他にもあるけどまだ確認が取れてないし、と寒天を口に入れる。
「じゃあ先輩は他に何か掴んだんでしょうか?」
「それは分からない。でも…」
奈々子ちゃんはまだ関わらなくていい話だから心配要らないよ、と尾浜さんは優しく微笑んだ。
立花先輩も含めてこの人達は一体何をしているのだろうとそら恐ろしくなる。そして私は何に関わろうとしているのだろうか。もしかして私以外の人が束になって私を嵌めようとしているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。頼れる者は自分しかいない。それでも誰かに頼りたくなる。
不安気な私を宥めるように穏やかな声音で尾浜さんが続けた。
「俺たちだって全部が全部調べてる訳じゃない。外部に依頼してる案件も多いんだ」
人数を考えてごらん、と器に残った黒蜜をスプーンですくった。
充てられている人員は他にもいるようだけど確かに業務内容の割りには少ない。ただそんなことを知っても私の安心材料にはならなかった。
「奈々子ちゃんはもう帰るの?」
私は首を縦に振った。
「そっか…気を付けて帰るんだよ」
えっ?尾浜さんは帰らないの?と口に出さなかったが、そんな顔をしてたのだろう。
「俺はまだ仕事があるんだ」
でもさっき終わらせたって?!
「業務外業務」と尾浜さんは声を落として囁いた。
「でも今日の奈々子ちゃんの運勢はアンラッキーみたいだから駅まで一緒に行くよ」
それはそれは有難うございます、否定しないけど何だかモヤモヤした気分ですよ。尾浜さんはクスとこれまた小さな笑い声をもらした。
「いこっか」
尾浜さんは席を立つとサッと伝票を掴んでレジへ向かった。それがあまりにも早業でぼんやりしていた私は追い付けなかった。
お茶代を渡そうとした私に尾浜さんは、それくらい別に構わないとヒラヒラ手を振った。私は出して貰うつもりなかったのに。
「すみません。ごちそう様でした」
「いいよ、今日の奈々子ちゃんはアンラッキーだったからさ。気を付けて帰るんだよ」
そんな保護者みたいなこといわなくたって、と少しむくれる。尾浜さんと並んで歩きながら行き交う人々に私達はどのように見えているのだろうかとほんの少しだけ気になった。
すると先程から時おりチラチラと私を見下ろしていた尾浜さんが、
「奈々子ちゃん、髪形変えたんだ」
なんてことをサラリと口にする。そういえば昨日サイトーに行ったんだった。でも何だか遠い昔のことのように感じてしまう。それにしてもよく見てるよね。彼女が髪形変えても気付かない男もいるというのに。
「結構イイね」
その後に小声で続いた「前よりかわいいよ」の一語。耳にした途端に頬がカッと熱くなる。あまり言われ慣れないからうっかり赤面してしまったけど、そんな私の反応をいつものように尾浜さんは愉し気に観察しているのだろう。挨拶に匹敵するほど気軽な褒め言葉を真に受けて赤くなってる自分が恥ずかしい。それに、驚いた私が尾浜さんと目を合わせたら「ニコッ」と音がしそうな笑顔を返された。ぬけぬけとそんなことをいう張本人の顔を見るのも癪だから只ただ前を向いて歩いていると、どこからか私の名前を呼ぶ声がした。
「…ゃん、…ちゃん、奈々子ちゃん!」
振り返って辺りを見回しても見知った顔はどこにもない。こっち、こっちと誘導する声で左右を探すけれどそれでもそれらしき人はいない。
「……後ろだよ」
教えられてやっとそちらに目がいった。
「やっと気付いた?相変わらず勘が鈍いんだから…」
その声は!