疲れには甘味を 1


久々知さんと尾浜さんと三人で行った定食屋の傍にその甘味屋は確かに存在した。そんなに前じゃないのに随分昔のことみたいに感じる。最近の私は毎日色々有り過ぎて、まるで小学生男子の夏休みのようだった。

ひなびた佇まいの店に入ると人影はちらほらとはあるものの、比較的どの客も静かだった。店内を見回しても尾浜さんはいない。まだ来てないのだろう。私は隅の方の席につくとお品書きを手に取った。
いわゆる和風の甘味と釜飯しかないけど、和風だとカロリーが低いのは嬉しい。私は係りの人にあんみつを頼んだ。席についたらドッと疲れが出て何だか食べたくなってしまったから。
正直、尾浜さんとは顔を会わせるのも億劫だったけど、もう今日一日の出来事で疲れきった私は何もかもどうでもよくなってしまっていた。別にその場限りで付き合ってるフリすりゃいーんだし、と微妙に納得いかない自分を無理矢理納得させてみる。

暫くすると入口に尾浜さんが現れた。さほどキョロキョロともせずに私を見つけると、嬉しそうにこちらへ向かって真っ直ぐやって来た。そして向かい側の席につくと注文もそこそこに話し始める。こんなに機嫌が良さそうなのに今から伝えられる話は深刻な内容なのだと思うと気が滅入る。係りの人が尾浜さんの前にお茶を置いた。
「あ、クリームあんみつお願いします!」
そんなに濃いの食べるんだ…。尾浜さんは身を乗り出さんばかりの勢いで尋ねてきた。
「あれから何もなかった?」
はい、特に何も、と半ば引きつつ返事をする。
「ショクマンの魔の手に堕ちてるんじゃないかと心配でさー、気になって気になって仕事が手につかなかったよー」
だからいつもの半分の時間で仕上げてきたんだ、と明るく笑った。
いやいやいや、そうそう簡単に堕ちませんから。それに何というか『○○が手につかない』の使い方が間違ってるような気がしますよ。
大体どうして二人して同じことを言うんだか。私からすれば尾浜さんも係長も大差ない気がします。
すると尾浜さんはあからさまにムッとした。
「俺をあんな変態と一緒にしないでくれる?」
残念ながら食満係長は変態にはみえませんが?しかも爽やかさに関しては悪いけど尾浜さんよりもずっと上。それを聞いた尾浜さんは眉を下げつつ人差し指を立てて左右に振った。
「甘いなあ、奈々子ちゃんは…」
その後は如何に食満係長が変態なのかをとっくりと説明された。熱弁をふるう尾浜さんを呆気に取られながらも黙って見守る。
でもさ、いいじゃん。裸エプロンが男の浪漫なら。彼女になったらソレくらいやってやるよ、コスプレだって誰も見てないんだし、と途中から聞いてるのが面倒臭くなった私はそう考えていた。

「…で、尾浜さん。大切な話があるんじゃ…」
尾浜さんは嬉しそうに寒天とアイスを一緒にすくった。モグモグと口を動かしてゴクリと飲み込む。尾浜さんの喉が上下に動いた。
「そうそう良いニュース。赤髭のオッサンだけど、アレはシロ、問題ないってさ」
何で?ていうかソレ深刻な話じゃないじゃん。それにやけに結論が早くね?
「単なる逆恨みみたいだし。いやさ、鉢屋が自分も被害者なんだってオッサンにカマかけたんだ」
もちろん逆恨みは立花先輩へのね、とニッコリ笑った。確かに半分強は被害者かも。
「ただ赤髭のオッサンはともかく臼田建設がそれ以上何か企んでるかもしれないから、念のため先輩が調べるって」
まだ独笹は出てきていないけど、それも調査結果次第だね、と口を動かしながら答えた。立花先輩、今日はうちひしがれて帰っちゃったんだけど?
「いやさ。今日は臼田の通称ウドンと待ち合わせるって」
相変わらず先輩仕事が早いよねー、と尾浜さんは赤エンドウ豆をすくった。私は今朝方聞いた気がかりな話を尾浜さんに振った。
「これはまだ内々だから、そのうち立花先輩から話があると思うけど」と尾浜さんの様子をみながら私は寒天をつついた。
「先輩、気になるファンドがあるって」
尾浜さんは宙を見つめ何かを思い出そうとしているようだった。
「ああ…『たそがれホールディングス』のことかなあ」
その名前にはうっすらとだが私にも覚えがある。専らやり手の社長だという噂だったっけ。
「胡散臭いんですか?」
「ん、まあ…」
尾浜さんはゴクリと番茶を飲んだ。

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