見逃して下さい 2


「そういや」と今度は兵ちゃんが身を乗り出した。
「今回も彼が助けに来てくれましたね!」
あー、尾浜さんのこと?今から会うなんていったら、スゲー面倒臭いことになるんだろう。このことは黙っていなくては、なので、
「そうよねー、尾浜さんって、どこで見てるんだかタイミングいいよね」とお茶を濁す。兵ちゃんがもっと根掘り葉掘り話を聞きたそうな目で見つめてきた、だから、
「ホント今日は散々!もう疲れちゃった…」
「じゃっ、奈々子さん、着替えが済んだら帰りましょう」
藤内美ちゃん、それは一緒に帰りましょうって意味だよね。今日に限ってまた兵ちゃん付きなのが非常に難儀だ。私ってば不運、今日一日は確かに不運。
「でも今日は約束があるから…」
すると、すかさず兵ちゃんが、
「デートですかっ!」なんて畳み掛けてきた。
どう答えるのがベストかと頭をフル回転させるけど大した答えが浮かばない。仕方なく私は直球勝負にかける。嘘をつくのは苦手だったから。
「だったらいいんだけどね…」
兵ちゃんも藤内美ちゃんも私が尾浜さんの、というより人事組との連絡役をやれと言われたことをまだ知らないのだろう。立花先輩を差し置いて私から話すことは出来ない。
「仕事…ですか?」
尋ねる藤内美ちゃんに私は肯定も否定もせずに、ただ曖昧な笑みを浮かべた。藤内美ちゃんはそれを察して緩やかな笑みを浮かべると兵ちゃんの方を振り返った。
「じゃ、兵ちゃん。…という訳だから、奈々子さんにはもう少し頑張って貰いましょう」
兵ちゃんは納得いかないような顔してたけど。私は二人に手を振ると独り倉庫部屋を後にした。できるだけ彼女たちと帰宅時間が被らないように願いつつ。



人目につかないようコッソリと帰っているつもりなんだけど、何故だか八神さんに戻ると微妙に目立つらしく、いつも誰かしらに見つかってしまう。今日も今日とて例外ではなかった。
最悪な一日の締めくくりに相応しいこの人は途中の階から乗り込んできた。もうこんな日はエレベーターを使わなきゃいいんだけど流石に高層ビルのオフィスは使わざるを得ない。それに階段を登り降りする体力はもう残ってないし。

「キミが八神さんか!」
うわあ、七松係長お久しぶりですー、って言ったらいけないんだよね、私。今は七紙さんじゃないから。とりあえずいつもの台詞。
「あ…あの、どちらの部署の方でしょうか?」
私は恐る恐る尋ねた。というのもこの人の野生の勘はハンパなかったから。だって極僅かな痕跡から元の姿の私を推測して、入社当初でまだまだ破壊的インパクトの強かったルックスの私に迫ってきたのだから。まあ、あの時は七松係長も酔ってはいたんだけど。
「そうか、やっぱりキミかー。確かにあんまり見掛けないもんな!この間の同期会で食満が『好みの派遣の子がいたーー!』って喚いていて…」
『藤内美ちゃんに匹敵する位好みだった』って言うもんだからな、私も気になってたんだ、と畳み掛けてきた。
相変わらず人の話を聞いちゃいねえし。まあ七松係長らしいんだけど。
それに私、返事もしてなけりゃ、まだ八神だとも何とも名乗っていない。野生の勘パネェ。
「私は営業一課の七松だ!ヨロシクな」
と白い歯と共に眩しい笑みを見せる。七松係長はこれが必殺技だと知ってやっているのだろうかと、いつも疑問に思う。もし分かってやっているのなら相当の知能犯だ。
知能犯という語が浮かんで今から会う尾浜さんの顔が頭を過る。あの人本当に知能犯だよね、いつもタイミングよく助けてくれるのは有り難いけど…なんて別のことを考えていたら…。
「丁度よかった。今から一時間後に一階で待っててくれないか?」
もしもし?!何だか話が別の方向へ進んでいますよ?!
「いえ、今日は用事があるので…また別の機会にでもお誘い頂けたら…」
とまあ、あまり乗り気じゃないものの社交辞令を返しておく。七松係長自体はいい人だと思うけどあの飲みに私は付き合いたくない。女の子が同伴だから、それを改めるというほど繊細ではなさそうだし。デートなら方針を変えるというなら凄いけど、七松係長に限ってそれはないだろうという気がした。
「じゃ、また後でな!」
爽やかに軽く手を上げて去ってゆく係長…。ちょっと待って!「また後でな」って人の話全然聞いてねえっ!それで営業務まるのかよ。どうしよう、約束があるのに。それより伝説の『会長のブロンズ像横で待ち合わせ』なんて、何があっても絶対に嫌!

私はない知恵を絞って必死で考えた。こと女の子に関しては七松係長が忘れるなんてあり得ない。だったら先に待ち合わせ場所へ行こう。それから急用が入ったとでも言おう。幸い七松係長は根に持つタイプじゃない筈だ。確か前に聞いたっけ、と私は携帯で係長の連絡先を探した。

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