会いたくないのに 5


「いいかっ!ノーパソのヤツ以外、絶対パソコンの電源入れるなよっ」
アイツ等が中に入ってたら修理だからなっ、と富松さんの焦った声が響く。部屋にいる全員が引きつった笑い顔になってるし、私もだけど。正直、昼御飯終わってて良かったって思った。
でも皆慣れっこなのか、各々が割り箸にビニール袋とか使い捨てのビニール手袋を取り出している。そんなmyグッズ持ってくる位なら山村君を取り締まった方が早いと思うけど。
たぶん午後は散らばったナメクジの回収に全員が追われてしまって仕事にならないだろう。私、八神さんがいても大して目立たなくなったのは不幸中の幸いか。
うずくまってナメクジを拾う皆を見ていると、ナルホド、こうして総務は残業が増えてくのかとすごく納得がいった。
あれから立花先輩はどうしていたのかというと、放心状態で私にいった一言が、
「八神、すまんがサイトーに電話してくれるか?」
まごつく私に横からサッと受話器が手渡された。
「短縮11」
見上げれば眩しい笑顔の食満係長が立っている。残念なことに立花先輩は『八神さんは立花先輩の従姉妹だ』と肝心なことを皆に伝える前に撃沈してしまった。もしかすると今の私はかなりピンチかもしれない。
礼をいって電話する私が不思議そうにしていたからか食満係長は答えた。
「よくあることだから登録したんだ」
見ればずらりと並ぶ短縮ボタンには取引先より出前や宅配ピザ、クリニックとかそんなのばっかりが登録されている。出前は残業が多いからだろうけど。
「八神さんは普段何処にいるの?」
この人って何でこんなに格好いいんだろう。食満係長の悲しくなるほど優しい微笑みに、私の心がしょっぱくなる。富松さんから余計の情報聞かなきゃよかったと思うけど後の祭だ。
「普段は色々と回ってます、必要なときだけスポットで配置されるので…」
「そりゃ、いいことを聞いたよ。うちの部は万年人手不足だから今度申請しておこうかな」
その笑みが窓も開いてないのに吹き抜ける初夏の風を感じさせる、なのに心に吹くのはすきま風…。
私はサイトーさんに終業後の予約を入れると受話器を置いた。食満係長は私をべったりマークしているのか離れてくれない。大体声は変えることが出来ないから話せば話すほど後々面倒になるのに。
「八神さんに説明したいことがあるんだけど時間あるかな?」
私が怪訝な顔をしたのだろう、食満係長は続けた。
「少し時間を取って欲しいから…何なら終業後にでも」
お誘いキターーー!
「あ…シノビさんにはたまに来るだけですので、特に困ることはないですし」
「いや、今後のことを含めて…あ、今日は金曜か…。彼氏と約束あるなら今日でなくても構わないけど…」
「彼は別に…」
「そっか、いないんだ?」
係長の切れ長な瞳の奥がキラリと光ったような気がした途端、夏の高原か夏の日本アルプスかというほど爽やかな笑顔が私に迫る。つくづく係長って…。いや、それより私、誘導尋問に引っ掛かった?!

「食満係長!今日という今日は山村にビシッといってやって下さい」
ありがとう、富松さん!
いいトコで邪魔すんなよ、そんな雰囲気をありありと漂わせた食満係長が富松さんへ振り向いた。
「もうナアナアです済ませられません。俺は…俺は…もう迷子の世話で手一杯なんですっ!もうナメクジの世話は無理ですっ!!」
「係長ー!経理の潮江課長代理から内線1番にお電話ですー!」
さっきからしつこく鳴っていた内線電話を取った事務のオバちゃんがコッソリ私にウインクをする。

「何だっ…こっちは取り込み中なんだよっ!」
『!○△×@!…×○!!』
「あ、んあぁ?!またかよっ!」

食満係長はガシャンと受話器を切ると鋭い目付きで富松さんに指示を出した。
「富松、また神崎が行方不明らしい。悪いが田村を手伝ってやってくれるか?」
はい、と応えつつ富松さんは眉を下げながら心配そうに私を見遣る。私は何とか逃げるからと大丈夫、という意味を込めて軽く笑みを返した。と同時に、
「八神さん、悪いけど立花さんを下のクリニックへ連れてってあげて。気分悪そうだから」
事務のオバちゃんは再び私に助け船を出してくれる。仕方ねえな、って表情の食満係長とホッとしたような富松さんに見送られながら私は立花先輩を総務部から連れ出した。

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