昼休みは不運の始まり 6


私の額を頬を水滴が伝い落ちる。身体の中まで水が染みて冷たい。ついでに肉パッドにまで染み込んで何か中綿が膨張してるし。私は力が抜けてその場にへたり込んだけど、床に広がった水がさらに下着へ染み込んで気持ち悪い。

ていうかさ、どうしてこうなる。何でこうなる。私、何にも悪いことしてませんよね。少なくとも今日は何にもしていない、筈。
富松さんの篭った声が間近で聞こえる。察するにかなり慌てた様子だ。埃とカビの入り交じった泥水の臭い。恐る恐る目を開ければ、目の前一杯に広がる青い空、だったらよかったんだけど。
でも、その人工的な青色で、現在私はバケツを頭から被った間抜けな姿を晒しているのだと、ようやく理解した。顔から火が吹き出るとはこの事か。立ち上がってトイレへ駆け込もうかと思ったけど、放心状態のあまり足腰に力が入らなかった。

「七紙さん!」

いきなり富松さんの声がクリアになって視界が開ける。見上げればバケツを手にして顔面蒼白の富松さんと、事態がよく解っていなくて口を半開きにした神崎君が立っていた。慌てた営繕さん達がモップを持って私の周りの水を掃除している。オジさんの一人が親切にタオルを差し出してくれたけど、オジさん、さっきソレで床拭いてましたよね。
「ちょっと待ってて!七紙さん!」
富松さんはそう私に声を掛けると神崎君の方に振り向いた。
「いいか、お前は絶対ここから動くなよ!」そう言い残して事務所へと走って戻った。
でも神崎君は「そこかっ!」と叫ぶと再び何処かへ姿を消した。いつもの私なら彼を引き止めておけるんだけど…、ゴメンね、富松さん。

頭からふわりと暖かい何かに包まれる。
「販促で貰ったタオルだから遠慮なく使って」
「あ、ありがとうございます」
カトウ運輸とか兵庫海運とか書かれたタオルを数本手渡される。それでごしごしと頭や顔をを拭いて制服の上から身体も拭くけど、如何せんそれでは靴の上から足の裏を掻くくらい意味がない。それに新品のタオルは水を吸い取りにくいから、仕方なくゴシゴシと何度も擦ることになった。

「富松さん、すみません」
「い…いや、気にしないで…」
髪の毛を拭きたいけどこれウィッグなのよね。そんなことを考えていると富松さんが再び口を開いた。やけに目が泳いでいて落ち着きもない、ハッキリいって怪しい。
「七紙さん。ここじゃ掃除の邪魔になるから、とにかく給湯室へ行きましょう。後で俺が替えの制服持ってきますから着替えて」
富松さんは私の手を取り立ち上がらせると、ずぶ濡れの私を富松さんの身体の影に入れて人目を避けられるようにしてくれた。幸いほとんど人がいなくてホッとする。でもいつも落ち着いている富松さんが珍しくそわそわしていて、ほんの少し頬も赤いような気がした。


「七紙さんって…」
給湯室で目を泳がせる富松さんがうつ向き加減で私にいった。さっきから様子がおかしい。彼は無言でツヤツヤに光るステンレスの蛇口を指差す。そこに映る蛇口の凸面で歪む私の顔は。

「…………」
「…………」

もうお分かりですね。私またやらかしちゃいましたね。それは紛れもなく八神さんな私で。とりあえずこの場は富松さんの口止めをしなくては。でも私が何か言おうとするより先に富松さんから口を開いた。
「何か深い事情があるのはお察ししましたから…これは俺の胸だけに留めて置きます」
誰にも言いませんから、と富松さんは私の手を握りながら言うけど、かなり狼狽えているのか自分のこと「俺」になってるし。でもその時、元の姿をあの人に見られていたなんて思いもしなかった。

- 61 -
*prev | next#
目次

TOP
「#お仕置き」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -