昼休みは不運の始まり 5


総務部のある階でドアが開くと私達はゾロゾロとエレベーターを降りて部屋へ向かった。

「お帰りなさい」
事務のオバちゃんが戻ってきた皆に声を掛けてくれる。まだお昼の時間は残っているもののオバちゃんは時間差で食事に出るから部屋には電話番が必要だった。取替えに手間取っているのかまだ山村君と下坂部君の二人は戻ってきていない。

役職のない私たちは大抵デスクでお茶を飲む訳だけど…ここ総務部ではソレを禁止されていた。でも理由は言われなくても何となく解る気がする。なのに「僕が取ってきますね」なんて小松田さんがいうものだから、その場にいた全員が必死でそれを阻止した。
結局、消去法で私と富松さんが自主的に席を立つことになる。というのも福富君がこぼさずに運べるとは誰も思わなかったからで。

すると立ち上がった私達を見た事務のオバちゃんが、「そうそう、富松君」と彼に向かって顔をしかめた。
「山村君だけど、またアレで共用部分の廊下を汚してたから、今、ビル営繕さんに来て貰ってるわよ」
「また呼んで貰ったんですか?いつもいつも、すみません」
「富松君のせいじゃないのは分かってるんだけどね…悪いわねえ」
文句を言われるのは私なのよね、と事務のオバちゃんは眉を顰めながら溜め息をついた。一年生社員のことでオバちゃんへ申し訳なそうに頭を下げる富松さんが気の毒になる。でも富松さんはけろりとした顔で私に向き直り「さ、行きましょう」なんて明るくいうと、急に小声になった。
「いちいち気にしてたらやってられませんからねえ」
そうそう、そうなのよねえ、と思う私は富松さんと一緒に給湯室へ向かった。
肝心のお茶だが会社契約のコーヒーメーカーが各フロアに置いてあって、社員は各自それを入れて飲めば良かった。希望するなら紅茶も置いてあるからこの会社って本当に恵まれていると思う。

営繕さん、ビル清掃の人が数人、モップと機械で床を磨いている。ツンとした臭いが鼻を突くから同時に洗った部分の床にワックス掛けしているのだろう。
「あの、富松さん。さっきオバちゃんがいってた『アレ』って?」
「チン」とエレベーターの開く音が耳に入った。
「ああ、山村の?うーん、言い難いんだけど実は山村が毎朝…」

「クリニックはここかぁっ!」
突然辺りに響き渡るどこかで聞いたことのある声。
「何いっ、総務部だとっ!なぜ二階に総務があるんだ!」
この子って、さっき食堂で富松さんと話していた例のコンビの片割れじゃないの。彼はキョロキョロと辺りを見回して、呆気に取られている私と、やれやれと溜め息を吐く富松さんの姿を捕らえたようだった。富松さんが「またかよ」と呟く。
「おおっ、富松じゃないか!何でこんな所に居るんだ?」
何でって、クリックに行く筈のキミがどうして総務に来るのよ?!ていうか富松さんがこの階に居るのは当たり前だし。ボタンを押し間違えるにも程がある。っていうかあり過ぎる!
富松さんのボヤく声が耳に入った。
「…神崎、お前なあ」
「そうだっ、富松!あのなっ」
神崎君は掃除をする営繕さん達をものともせず、いきなり私達に向かって突進してきた。その姿はまるで赤い布を見せられた雄牛か猪のように見えて、猪突猛進という四字熟語の良い見本だわ、なんて感想が浮かぶ。
でもそんな神崎君が踏み込んだのは運の悪いことに…、たった今営繕のオジさん達がワックスを塗ったところで!

そう思った時にはもう遅かった。私がオリンピックの体操の審査員なら文句なしに10点満点をつけるだろう。見事にすっ転んだ神崎君は、廊下に置いてあったバケツに突っ込み、転がり様にそれを足で蹴り上げ、空中で身体を一回転させると、直立不動の美しい着地姿勢を取りながら廊下に降り立った、だけなら良かったのに。

今、私の目の前は真っ暗で辺りには静寂が広がっている。何か有り得ない事態が起こったに違いなかった。

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