昼休みは不運の始まり 4


富松さんが遥か彼方にあった私の眼鏡を拾ってくれた。でもあろうことか、かなりの距離を飛ばされてから落ちた衝撃で、プラスチックのフレームが割れている。ああ、買い直さないと。でも今日一日はこれをかけて過ごすしかないか。

「七紙さん、この眼鏡。度が入ってないんですね」
何故だか小声になった富松さんが顔を寄せてきた。センター分けの今の髪型は彼を実年齢より少し幼く見せているような気がした。たぶん実際に歳も私より下なんだろうけど。私は無言で首を縦に振りながら人差し指を唇に当てた。
「そうですか…わかりました」
富松さんは察してくれたのか、「さあみんな食おうぜ」と定食のご飯をよそいにいった。

一騒ぎ起きたからお通夜のような昼食になるかと思いきや、皆朗らかに食事をしている。やっとご飯にありつけた福富君に至っては、これ以上ないほど幸せな顔をして食べているから、こちらまで幸せになってくる。それに三反田さんも大したことがなかったみたいで良かった。それより善法寺先生の方がおばちゃんから氷を貰ってたのが気になった。一応大丈夫そうだったけどね。

ただ私一人どんよりとした気持ちで食べていたのが気になるのか、富松さんがしきりに私のことを気にしてくれているようだった。流石お世話係、なんてね。でもこれで終わってくれるほど甘い一日ではなかった。それでも、いつもと変わらぬ食堂のおばちゃんの美味しい定食に、私の気持ちも次第に解れ再び気分は上向いていた。

食堂の端からこちらへ手を振る快活な感じの男の子、それがそのまま成長したような青年。
「おーっ!富松!三反田!久しぶりだな」
「だねー、左門」
「久しぶりじゃねえよ。昨日も帰り一緒だったろ」
「そういやそうだな!」

左門?…富松さんと帰りが一緒ってことは、彼が次屋さんの相棒の迷子かあ、そんなことを呑気に考えていた。遠方から声を張り上げていた左門君はこちらへ向かって突進してきて、なーんか猪みたいな子だなと思った。その第一印象は決して間違ってはいなかったと後々思い知ることになる。
「数馬、俺、風邪引いたみたいなんだ。後でクリニック行くからな」
「左門一人で大丈夫?来られる?作兵衛の都合はついたの?」
「食堂だってエレベーターで上がるだけなんだぞ!降りるだけのクリニックに行けない訳ないだろ?」
馬鹿にすんなよな、なんて左門君は鼻白んだ。んまあ、確かに。大の大人を捕まえていう台詞じゃない。なんだか全ての会話が微妙に変な気がしたけど、このときは私も大して問題にしなかった。


私達は食洗機に自分達の食べた食器を下げクリニック組と別れると、来たときと同様に全員がゾロゾロとエレベーターに乗り込んだ。
「あれえ、七紙さん、メガネかけないんですかー?」
無邪気な笑みを浮かべながら福富くんが尋ねてきた。鋭い、と思ったけどあの眼鏡はフレーム以外に弦の部分も割れてしまって、もうかけることが出来なかった。今日の午後は気を付けて過さねば。
「さっきので壊れちゃったの」
「メガネなくっても大丈夫なんですかー?」
「ええ、PCとか近距離はね」そう答えると「よかったー」なんていってくれる、が、その後の台詞がなかなか奮っていた。
「ないと困るだろうから、一緒に買いに行こうと思っていたの」
お小遣いで、なんて福富君がいうから、私は聞き間違いかと何度も瞬きしていると、富松さんが横からそっと耳打ちをしてきた。
「しんべヱの一月分の小遣いって、俺たちの給料の軽く7〜8倍はありますから」
何で働いてるのか皆目見当が付きません、なんて渋い顔をする。一ヶ月分の小遣いがソレって私なら使い切れなくて貯金しちゃうし。お大尽って若い頃からこうやって養成されるのね、としげしげ福富君のでっぷりとした腹周りを眺めながらそんなことを考えていた。
「一説によると社会見学とか社会勉強らしいんですが…」
しんべヱは性格が申し分ないので私もやっていけるようなもんですよ、と富松さんは苦笑いをしてみせた。その表情がとても頼もしくて男らしさを感じさせる。年下はあまり趣味じゃないけど彼ならOKかも、と下降するエレベーターに脳も浮かれたのか一瞬の内にそんなことを考えていた。

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