昼休みは不運の始まり 1


ここ最近はバタバタと忙しくしていたので社員食堂の定食とはご無沙汰していた。この会社に入って驚いたことは多々あるけど、その一つが社員食堂のクオリティが非常に高いことだった。私は未だかつてこんなに美味しい社食を食べたことがない。よくある役員用豪華食堂のメニューが平社員の私達に出るという訳ではないんだけど、とにかく普通の食事、飾らない普段の定食がとっても美味しいのだ。そのせいかは分からないが、どうみても明らかにシノビ社員じゃない人達がいつも混じって食べていた。その代表格が下の新野クリニックの面々だったりする。流石に白衣は脱いでいたけれども。

「あ、七紙さん。こんにちは!」
えっと…このふわんとした雰囲気で影の薄い子は……えー、……あー、あっ!三反田さんだっけ?!一回しか会ってないけど、私は見た目のインパクトが強いから覚えられやすいんだろう。
「僕ら交代で昼休みなんです」
人の良さそうな笑みを浮かべた三反田さんがいった。
「新野先生が会議なんで…あ、善法寺先生!お席はここです」
今、彼等がここに居るということは、昼前に全ての診察が終わったってことですか?
「ええ、今日は珍しく混んでなくて。定食がAとB両方あるなんて、とってもラッキーです!」
そっかー、いつも定食が終わるギリギリの時間だもんね。下手したらうどんやソバしか残ってなかったりするし。そういや前に「うどん」と「ご飯」の炭水化物コンビで鶴町君がお昼ご飯を食べてたのを見たことがある。

「あれから何もなかった?」
善法寺先生が含みのある笑みを向けてきた。いや、色々とあり過ぎて一日がとっても長く感じますね。今ここでは言えませんが。
「何かあったら助けになるからクリニックに寄ってね」
なんて何故か名刺を差し出した。ありがとうございます、と言いつつ名刺の裏を指で触ると少し凹凸が感じられる。やっぱり、と再び善法寺先生を見ると小さく目配せをしてきた。私は頷くと軽く会釈してクリニック組のいる席から離れる。何故ならさっき怒られた件で小松田さんが気にしないかとちょっとだけ心配だったから。

クリニック組の席から離れて受け取った名刺をそっと裏返せば、そこには090から始まる11桁の番号。何と、何とっ、私は善法寺先生のケータイ番号を頂いた訳で。顔を上げて善法寺先生を見れば気弱な微笑みを浮かべて手の平をひらひらとさせていた。そんな分かり易いサイン送らなくてもいいのに、と少し焦りながら富松さんの方を見れば彼は福富君の世話を焼いていて見ていないようだった。

気がかりだった小松田さんの姿を探せば、三反田さんと仲良く話をしながらトレー片手に中華そばを注文しているところだった。何だか脱力感がもりもりと湧いてくる。それにしたって三反田さんの声は小さくて、食堂の喧騒に掻き消されよく聞き取れない。まるで口パクの無声映画を見ているようで小松田さんの声だけがやけに耳についた。

「ボソ、ボソッボソッ…」
「へえーあの後…ええっ?!そうだったんですかー。それでかあー」
やけに軽いノリで。
「ボソ〜ボソボソ〜」
「僕、また部長に怒られちゃいましたよー」
もしもし小松田さん?!
「ボソッ?!ボソッ!!」
「全然知らなかったよー、アハハ」

アハハってキミ…笑い事じゃないよ。私は少しだけ吉野部長の気持ちが解ったような気がして、何ともしょっぱい気持ちになった。
その時だった。


「危ないっ!!」


三反田さんとお喋りしつつ歩いていた小松田さんが椅子の足につまづいて、トレーが彼の手を離れ勢いよくこちらへ飛んできた。熱々の中華そばと共に。私に向かって……。

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