総務部に来ました 2
「下坂部、福富、山村、集合!」
あ、何か学校っぽいわぁ。わらわらと集まってきたあどけなさの残る新社会人たち。このいかにも太っ腹な感じがするお大尽的肥満体が福富くんだろう。金払いの良さそうな人って結構タイプかも、しかも性格良さ気だから最高よね。その次はあどけなさの中に一癖ありそうなのが山村くん、消去法で彼がゲテモノペットの子かしらね。何というか影の薄い子が下坂部くんだろう。気の毒に血気盛んなお年頃の筈なのに貧血気味なんだろうか、たぶん朝礼で倒れるタイプだとみた。
「こちらが本日から仮配属になった七紙奈々子さんだ。皆で力を合わせて仕事に取り組むように!」
各々はい、はーい、ハーぃと返事が返ってくる。社会人で長返事はどうよと思っていたら富松さんは早速注意をしてた。富松さん、大変だなあ。時には「んhkの体操のお兄さん」、「時には教育に燃える熱血先生」、その正体は総務部所属の一サラリーマン。何か悲しくなってこれ以上考えるのは止した。
さて、とこの課のメンツを改めて見回す。今回は初っ端から係長がかなりグレーだと報告することになるだろう。他はそうでもないかもと思っていたら…。
「おはようございまーす」
とあわや遅刻かという位ギリギリの時間に可愛い男の子が飛び込んできた。
「あっ、まだ部長来てないんだ」
よかったー、と安堵の表情を見せた。次の瞬間。
「キミ、誰?」
いきなり、えっ私のこと?
「そうだよ、他に誰がいるの?」
「小松田さん!七紙さんはもう皆に紹介が済んでるんです」
ギリギリに来るから、と富松さんは強い口調でその小松田さんをなじった。どこかでこの名前は聞いたことがあるかも。思い出せないけど。私は慌てて小松田さんに挨拶をした。後々しこりを残したら面倒だし。
「仮配属になった七紙奈々子です」
宜しくお願いいたしますと頭を下げる。すると小松田さんは優しげな顔を崩した。
「いやあ、すみません。最近、不審者が多くって。私は小松田秀作です」
よくみれば意外とハンサム、かな?と私も笑顔を返した。
「小松田さんはわが社のサイドワインダーと言われているんですよ」
と下坂部くんがいう。そうなんだ、優秀なのね?
「いや、違います」
キッパリと否定する。
「例え取引先の社長だろうとどこまでも追いかけて、印鑑を貰いに行くのが得意なんです」
決済の時は便利らしいですよ、財務とか経理とか、先方が気にしない会社なら営業にもに貸し出します。
「有料で」という声が後ろから響いた。振り返ると騙し絵のオジサンみたいなルックスの中年が立っている。さしづめこれが部長か?!
「吉野部長ー、おはよーございまーす」
一年生が揃って挨拶をした。吉野部長は困ったような顔をすると自分も挨拶を返したけど、その姿からは結構いい人ぽっい感じがした。私も彼ら一年生と一緒に頭を下げると部長も会釈で返してくれた。
「七紙さんね、宜しく頼みますよ」と微笑む、そして。
「富松くん、言っても直らないんだろうけど、根気良くね」
なんて苦笑しつつ声を掛けた。そしてクルリと小松田さんの方へ振り返る。
「小松田さんはこの後、小会議室に来なさい」
といきなり鋭い目付きになった。小松田さん、何やったんですか……?!
「本日請求書が回って来たんです。下のクリニックから」
あ…まさか…。
皆心配そうな目で小松田さんを見るが、当の本人は朗らかな笑みで応えていた。
「幸い機械類は無事だったそうですよ」
そう言い残すと吉野部長は先に自分の席へ行き、急ぎの書類に目を通すと印鑑を押し始めた。
私は言われた席につくが特にすることもない。仕方なく掃除を始める。
吉野部長とは対照的にそれまでスポーツ新聞を読んでいた食満係長が社内メールのチェックを始めた。どこの蛍光灯を換えてくれとか、これを修理しろだとか、そんなことかと思う。部署の外の清掃は営繕の会社に任せているから関係ないけど。でもこの営繕が警備会社の親会社と同じ名前ってのが大いに引っ掛かる気がした。
「あなた新入社員?」
いつの間にか隣にパートのオバちゃんみたいな人が座っている。ほとんど忍者だ、いや、女性だからくノ一か。
「はい、中途採用で今は総務に仮配属中の七紙奈々子です」
「そうなの。よろしくね」
とオバちゃんは濃いめの化粧で微笑む。一見、一癖ありそうで緊張したけど、声を聞けばそうでもなさそうで安心した。オバちゃんはそれだけいうと暫く机に向かって何かを書いていたが、やがて私に二ツ折したメモを差し出した。
開けた私は青ざめる。
『立花さんから「宜しく頼む」っていわれてるから、何かあったら遠慮なく相談して頂戴ね』
私がオバちゃんとそのメモを交互に眺めると、オバちゃんは私にウインクをした。オバちゃんが読んだらメモを捨てるよういったので私はそれをシュレッダーに入れた。
バリバリという音を聴きながら考える。オバちゃんが何をどこまで知っているのか立花先輩に確かめねば、昼休みに連絡を取ろう。いつも聞いてばっかりだけどもし相手が私の味方じゃなかったら、新入りの私ならチョロイと狙い撃ちされていたら。入社以来いつもそう思うようになっていた。