お泊りしました 2
「じゃ早い話が彼は鉢屋さんを逆恨みしてるってことですか?」
だろうな、と立花先輩は涼しい顔をした。鉢屋さんはソファからずり落ちるとクッションを顔に当て声にならない声で呻いた。
「でも何で今頃になって、その赤髭さんがやって来たんですか?」
「さあ…だが調べておく。ヤツの誤解は近い内に私が解いておくからな」
奈々子のためだが、と立花先輩は鉢屋さんに向かっていった。
「どうする?もう遅いし二人とも泊まっていくか?」
奈々子は私とベッドで寝るから、鉢屋には寝袋かソファを貸してやるぞ。微妙な二択を提示された鉢屋さんは渋々ソファを選んだ。
食事をしていない私達を気遣って立花先輩は夜食を出してくれた。
お茶漬け…もっと早い時間ならまともなものを出すのにと言われたが、鉢屋さんはおかわりをしていた。
先輩の家でお風呂を借りてパジャマも借りる。たまに喜八も来るから予備があるのだ、と立花先輩はふわりと微笑んだ。先輩はお風呂から出てスッピンになってもそれほど違和感はない。もちろんお化粧は落としてしまっているから微妙に地味な顔になるものの、それを補って余りあるほど肌が白くてきめが細かい。大変羨ましい。
私はというと八神さんがスッピンになったところで大して変わりはない。七紙さんが八神さんになるのは大きな違いがあるけど、普段はそんなに塗っていないから幸か不幸かさしたる変化はなかった。でも鉢屋さんが私達の顔を見比べて笑いを堪えたような顔をしていたから、ちょっとムカついた。
「ふーん、先輩も奈々子もビックリするような変化はないんですねえ」
つまんないな、と呟く。
「でも朝起きて『お前誰だあっ!!』って事態にはならなくて済むからからラッキーだよな」
なんていった。鉢屋さん、そういうことあったんですか?って聞いたら黙って微笑むだけだった。
「奈々子、男の人はそうやって色々と経験を積んで、一つずつ賢くなっていくんだ」と立花先輩は聖母のように慈愛に満ちた笑みをみせた。
先輩の家には何故か鉢屋さんが着用中のパジャマを始めとする男物の予備まであったけど、深くは追求出来ない。それは鉢屋さんも同じらしかった。しかも新品のパンツまであったし。
女性の独り暮らしは洗濯物を干す際、安全のため男物も一緒に干すといいといわれる。でもこのパジャマには割と使用感があった。だって関節の所が少し出ていて表面にはうっすら毛玉があるのだ。
そんな私に鉢屋さんは「奈々子、深く考えたら負けだ」と目を閉じながらいう。そしてこう付け加えた。
「言っておくが、このパジャマは私のものではないからな」
まあお父さんか男兄弟のものかもしれないし、と私も無理矢理自分を納得させた。
各人がお休みなさいをいうと、先輩は寝室とリビングの間のドアをパタンと閉めた。私は言われるままに先輩のセミダブルのベッドに潜り込む。
遠慮して端に寝転がると、布団からは立花先輩の甘い匂いがしていた。立花先輩と私の体温がじんわり布団に広がって暖かい。
程なく睡魔に襲われた私は朝までぐっすり寝入ってしまった。