お泊りしました 1
滑るように走っていた高級外車は瀟洒なマンションの前で曲がるとその駐車場の一角で停まった。
「着いたぞ」
突然の立花先輩の声に飛び起きる。私はいつの間にか鉢屋さんの肩を枕に眠ってしまったらしい。一瞬、鉢屋さんのスーツに涎を垂らしていなかったかと心配になった。
「先に降りてくれるか?」
私達を降ろした立花先輩は一発で車庫入れを決めるとドアを開けた。揃えたパンプスの爪先を車の外へ先に出し、するりとよどみない所作で地面に降り立つ。やっぱり格好良い。
背筋を伸ばしてこちらへ来ると私たちの先に立って歩き出した。オートロックを開け、エレベーターのボタンを押し、皆10階で降りる。1003号室の鍵を開けると鉢屋さんと私に向かって手招きをした。
「片付いてなくてお恥ずかしいが、気にせず上がってくれ」と廊下のライトを点けた。
鉢屋さんと私は恐る恐る「お邪魔します…」と口にすると靴を脱いだ。
取り合えず立花先輩がコーヒーを入れてくれたのでそれを頂く。見回せば趣味の良い家具が必要最小限に置かれていて、全然片付いていないというのは大嘘だった。強いて言えばソファの背に服が掛けてあったことと雑誌が数冊テーブルに乗っていたこと、メモとボールペンが出ていたくらいか。これで片付いていないなら、私の部屋は立花先輩からみればゴミ箱同然だろう。先輩の部屋はほとんどモデルルームといってもいいくらい完璧だった。
「相変わらずキレイに片付けてますね」
ソファでどっかりと勝手に寛ぐ鉢屋さんが立花先輩に声を掛けた。鉢屋さんの以前も来たことあるような口振りが気になる。私と一緒にダイニングの椅子に座っていた先輩は振り返った。
「そうか?最近忙しかったからな、掃除が行き届かなくて悪いな」
いやいやいや、シティホテル並みですよ。ダイニングだって食べ溢しの跡一つないし。
「それにしても臼田建設の赤髭が今頃何しに来たというのだ?」
「斉藤さんの件以降続いているトラブルじゃないですか?」
「まあ…関係なくはない…か?」
「先輩、身に覚えあるんスか?」
立花先輩は思い出すことすら面倒だという顔をした。
「当時、あの話が解決した直後に奴等から申込まれた飲み会をドタキャンしたことがあるのだ」
あんな連中と合コンしてもいいと一瞬でも思う方が、どうかしてると思いますよ、と鉢屋さんは呟いた。
「何か言ったか?」
人にはそれぞれ事情があるのだ、と先輩は眉間を寄せた。
「あの、先輩。だったら、どうして私が追いかけられる羽目に?」
そこだ、と立花先輩は人差し指を立てた。
「中でもあの髭男はしつこかったからな。私には付き合ってる男がいるといったのだ」
段々嫌な予感がしてきた、と鉢屋さんは微妙な顔をした。
立花先輩は端整な顔をニイと歪めた。途端にその美貌に酷薄そうな色が加わる。
「証拠を見せるまで納得しないというもんでな、たまたま持っていた鉢屋の写真を見せた」
「先輩、まさかあの…」
何を思い出したのか鉢屋さんがひきつった笑みを浮かべ蒼白になった。
「これだ、奈々子」
「せっ…先輩!ヤメテーーー!」
鉢屋さんのことはサクッと無視して、立花先輩は私に自分の携帯を差し出した。そこにはベッドで抱き合って微笑むほぼ裸の立花先輩と上半身裸の鉢屋さん。二人とも下半身は上掛けに隠れていてよく分からない。でも先輩はともかく鉢屋さんは、何となくだけど下も裸っぽい感じがする。チラとしか見ていない私だったが、見てはいけないものを無理矢理見せられて言葉を失った。鉢屋さんはガックリと項垂れながら言葉を搾り出した
「何でそんな写真をっ!」
「念のために撮っておいたのだ。どのみち私は痛くも痒くもないからな」
あの頃鉢屋は色々と調子に乗っていただろう?と口角を上げる。だからこれは保険のつもりだった、と事も無げに言った。
もう一度写真をよく見ると、一服盛られたのか気持ち鉢屋さんは視線が定まらずぼーっとしている感じだった。
「鉢屋、お前が油断して酔い潰れるからだろうが?」
たぶん鉢屋とは何もなかっただろうけどな、私もあの日のことはあまり記憶がないのだ、と髪をかき上げながら再び余裕の笑みを見せた。