気分転換に 1


昨日は長い一日だったから疲れてるんだけど予約入れちゃったのよね、店に。さっきの久々知主任を思い出せば少しだけ胸がきゅっと縮む。でも、もう忘れよう。今の私のこれ以上何かが出来るわけではないから。
きっと久々知主任のことだから社内の事情通である尾浜さん…と久々知主任は思っている筈、に助けを求めるのだろう。たぶん尾浜さんは巧くはぐらかしてくれるに違いない。もっとも後日見返りを要求しそうな気もするけど。

私はプロジェクト控室でいつものように変装を解いていく。今日は珍しく喜八ちゃんがいた。
「奈々子ちゃん、久しぶりー」
「ほんとにねー」
「今日もどっか行くの?」
今日もってどういう意味よ、喜八ちゃん。胸がドキリとする、嫌な意味で。
「んー、この間、立花先輩が勧めてたトコに髪の毛切りに行くんだ」
「へー、よく予約取れたねー」
「たまたま空いてたみたい。喜八ちゃんは帰るの?」
「ひーみーつー」
ナルホド…デートか。やっぱりな。ある意味喜八ちゃんも嘘がつけない女だと思う。
「その店良かったか後で教えてね」
「ん、またメールするよ」

ま、気分転換にいいよね。こういうオサレな店で切るのも。
という訳で私は現在ガラス張りのオシャレな「サロン」の席に座っている。店の名前は確か『ステュディオ・サイトー』、このステュディオってのが何となく嫌味な感じがしたんだけれど。
株式会社シノビが面している通りをもう少し先に歩くと大きな交差点がある。それを越えた所にある近未来的なガラス張りのファッションビルの2階にこの店は入っていた。ここはあまり会社の人が通らない。というのは駅から離れる方角だったから。だから私は安心していた。

「いらっしゃいませー、はじめまして。斉藤タカ丸です。タカ丸でお願いしますね」
何でもカリスマ美容師の店として雑誌で紹介されたらしい。もっとも載ったのは彼のお父上である斉藤幸丸氏。だが息子の彼も当然ながら斉藤。ということで店ではタカ丸さんと呼ばれているそうだ。でも彼もなかなかの腕前だという立花先輩のお墨付きがあった。
「今日はどうされますか?」
「えっと、カットして貰って…」
私の前に置かれたヘアカタログをパラパラとめくるが、所詮モデルさんとは顔の中身が違うからあまり参考にならない。仕方なく普段は髪をまとめることが多く、ほぼ毎日ウィッグを使っていると伝えた。
「短すぎてもまとめられないし毛先を少しカットする感じかなあ?後は分量調節してパーマで雰囲気変えるのもいいかも。そうすると少し上がって短く感じるデショ?」
パーマで雰囲気変わるなら好都合かも。八神さんともおさらば出来る。
「じゃ、そんな感じでお願いします」
「了解!」
スゴい色の金髪が鏡の中でフサフサと揺れている。まるでバナナみたい、そう思った。パッと見で「ご職業は美容師ですか?」って言われるようなカラーリング。そのタカ丸さんは柔らかな笑みをへにゃりと浮かべると座席をくるりと回した。
「じゃあ、一旦流しますねー」


驚いたことにタカ丸さんは美容師の専門学校を出てから普通の大学に行って、その後サラリーマンになったらしい。でも髪の毛への情熱冷めやらずで再びこの世界に入り直したそうだ。頑張り屋なんだと話を聞きながら思う。

手際よく頭を流すと再び座席に戻り、先にパーマ入りますねー、と用意を始めた。緩くあてるらしい。確かにロットも太目に見える。ヘルプにきた美容師さんとタカ丸さんの二人がかりで、次々にロットが髪に巻き付けられてゆく。頭が重いよ、物理的に。
「じゃこれで暫く置きますね」
機械から直接ロットに通電するらしい。大層だ。
「熱かったら遠慮なく仰ってくださいねー」
タカ丸さんは機械をセットすると、何処かへ消えた。私は暇つぶしに前に置かれた雑誌を手に取るとパラパラ捲った。

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