またもやピンチ 2
「……また失恋したんですかね」
池田くん!主任がトイレに行った隙になんてこと!それに『また』って何ソレ?!
「よくあるんですよね。主任ってツラはイイけど不器用だから上手くいかないみたいで…」
「ふうん、あんなにハンサムなのに?女子人気も高いって聞いたけど?」
「だって、結局は性格でしょ?」
うわっ、キッツーと思いながらフォローする。
「うーん、普通…じゃないのかなあ?」
「いやいや、同期の女は面倒くさいって」
「ああ、分からなくもないかな。主任、繊細なんだよね」
すると池田くんは頬杖をついたままクルリと椅子を回転させて、こちらを向いた。その姿があまりにも決まっていて暫し見とれてしまった。
「でもいくら男前でも上手くいってナンボでしょ?」
自分の気持ちを上手に伝えて、相手の想いは汲み取らないとね…、と池田くんはニッと頬を上げる。さっきから貼り付けたような微笑みを浮かべるだけで、会話には一切参加してこない二郭くんは間違いなく賢い子だとみた。
久々知主任が戻ってくる。気のせいか私と池田くんを鋭い目付きで睨んでいったような気がした。池田くんがまるっと無視する一方で私はモニターに向かったまま小さくなる。その時だった。
「久々知いるー?」
この能天気な声!その瞬間私は防災訓練じゃないけど机の下に潜り込もうとした。いやホント、マジで。あー、もうっ。この場から消えてしまいたい。
「あ、尾浜…」
途端に久々知主任の表情が微妙に歪んだ。
「話があるからさ。昼飯一緒に食わない?」
そして私の方を見ながら「よかったら七紙さんも!」なんて弾んだ声でいう。ヤツは私が断れないことを知ってて誘っている。本当に悪質だ。セクハラ社員リストに載せてやろうかと思うが、仕事人な彼等にその手は効かない。でも尾浜さんの『話』というのが何故だか気になった。
大通りから一本中へ入った道にある店へ向かう。初めはこの特殊メークのまま外出するなんて恥ずかしくってとんでもない話だったが、最近ではすっかり慣れてしまった。「何だアレ?」と私を見て吹き出すサラリーマンに向かって、すれ違いざまにステキな笑顔で逆襲してやることも快感になってきた。私は互いの話が微妙に咬み合わない尾浜さんと久々知主任の後に付いて歩いた。
定食屋に三人で入れば、幸い早めに会社を出たせいか店内もあまり混んでいない。尾浜さんの向かいに久々知主任、その隣に私。
「話って何だ?」
「あ、その事だけどさ。昨日の夜…」
既に嫌な予感で一杯な私の心臓がバクバクと大きな音を立て始める。
「兵助、通りの向こう歩いてただろ?」
久々知主任と、私の顔色が変わる。横を向かなくとも私には分かる!いや、それよりも重大な事実。
嘘、ウソ、うそっ!まさか、あの、あの通りすがりの天使が…久々知主任だったの?!信じられない思いで一杯になる。
「…ああ、勘ちゃんデートみたいだったからな。悪いと思って声掛けなかった」
「うん、まあね。今は違うんだけどさ、いずれ、ね」
だろうな、と久々知主任はうんざりした様子で背もたれにもたれ掛かった。
「いやあ、勘ちゃんにしては珍しいタイプだったなって」
くそー、尾浜さん、外堀から埋めてやがる。でも昨日は私服で八神さんだったからまだマシだった。今のところ久々知主任にはバレてない、バレてない。
「いつもはもっと派手なコ連れてたからさ……」
本気なんだろうなって思った、と久々知主任はボソリともらした。あの…久々知主任、納得しないで下さい。ていうか私も置いてきぼり食らってますし。
でも主任のいった『いつもはもっと派手なコ』という言葉が気になった。
そもそも尾浜さんは昨日といい今日といい、私を同席させてこんな告白紛いの台詞で反応を見て、面白がっているに過ぎないんだから。それに私だってイマイチ尾浜さんのことは信用してないし。
不意に久々知主任がその大きな目をさらに見開いて、瞬きもせず尾浜さんの顔をまじまじと覗きこんだ。それでも尾浜さんは平然としている。
「なあ、勘右衛門。いずれ…ってことは、まだ彼女じゃないのか?」
「そうとも言えるねえ」
久々知主任の発言に、私の方を見ながら尾浜さんは意味深な笑みを見せる。
「そうか…」と呟いた久々知主任の瞳に突然輝きが増して、まとう空気が明るくなった。
「じゃ、まだ遠慮しなくていいってことか」
「残念ながらね」
「七紙さんはどう思う?」
突然、尾浜さんは私に話を振ってきた。答えに困るってーの。やっぱり尾浜さんは私を見て面白がっている、明らかに。これは甘い感情から出た言葉じゃない、と思う。
「さあ、その方次第なんじゃないですか?」
「だよねー。でもさあ、兵助の方が吊り橋理論から言えば有利な筈だよ」
えっ?!どういうことよ?、と久々知主任と私は二人同時に同じ言葉を口にした。
「だってさ、彼女の話だと兵助に危ないところ助けられたって…」
その時だった。
えっ?!マジっ?この時ほど私はマナーモードにしていなかったことを後悔したことはない。
「ダーンダダダーン、ダダダーン、ダダダーン」
厳かに鳴り出した私の携帯。この呼び出し音はダースベーダーのテーマ、別名ラスボスのテーマ曲……立花先輩!
「すいませんっ!」
驚く二人を尻目に私は席から飛び上がると、一目散に外へ走り出た。