待ち合わせ 5
多くの路線が集中しているこの駅は遅くなっても人通りが絶えない。行き交う人々の目に映る尾浜さんと私の姿は、ごく普通のありふれたサラリーマンとOLだろう。
「今日はありがとう、来てくれて」
「い、いえ、こちらこそ。あのお店、美味しかったです」
何いってんだか、私は。尾浜さんのペースにすっかり乗せられてるし。それにさっきまで危なかったんじゃん。
「また連絡するからね」
アドレス変えた方がいいかもと頭の片隅にチラと浮かんだ。だったら携帯もロックするようにしなきゃ、面倒くさいからやらないだろうけど。
「ねえ、奈々子ちゃん」
何ですか?もう尾浜さんの屈託ない笑顔を見るとしょっぱい気持ちになって仕方がないのに。どうしてそんなにイイ顔するんですか?
「変えるならストラップ変えたら?アドレスよりもね」
フッと笑みをこぼす。
「八神さんと同じのは止めた方がいいよ、兵助はあれで意外と観察力があるからね」
私は言葉を失った。間抜けな顔してポカンと口を開けているだけだ。尾浜さん、アナタ超能力者ですかっ!
「奈々子ちゃんの考えそうなことは大体解るからさ」
そ、そんな…。尾浜さんはやっぱり超能力者、でなきゃ霊能力の持ち主だ。私は半ば寒いものを感じながら努めて軽い調子になるように言葉を続けた。
「尾浜さんて、解らないことないんじゃないですか?人の行動を読むのが得意でしょ?」
そういって上目遣いで彼を見遣る。すると尾浜さんはやるせない面持ちになり、どこか遠い所を見るような眼差しをして呟いた。
「それでも、解らないことがあるんだよ、たくさんね」
尾浜さんこそ時々よく分からないことをいう。斜を向いた尾浜さんの顔を私がじっと見つめていると、それに気付いた彼は瞬く間にいつもの表情に戻った。
「奈々子ちゃん、早く行かなきゃ電車に間に合わないよ」
時計を見た私は慌てた。
「お先にっ!」と軽く頭を下げ定期をタッチしてダッシュで改札をすり抜けた。閉まりかけのドアから電車に飛び乗る。だが向きを変えようとした私の顔が引きつった。
しまった、バッグがドアに挟まってる。満員で余裕がなくて引っ張るに引っ張れない。このまま次の駅で開くまで我慢だ。その時だった。
バッグの中で携帯が震えた。
『今日はありがとう
でも邪魔が入って残念だったよ
次は勝負パンツ履いてくるから奈々子ちゃんもね』
どこのセクハラオヤジだよと思いつつ返信する。
『二度目はありませんからね』
直ぐに返事が来る。
『やっぱ鈍いよね』
『何が?』送信と。
『オレ本気だけど
っていったらどうする?』
液晶画面が震えている、と思ったら私の手が震えていた。明日から私はどうすれバインダー…。いやいや違うだろ。カッと一気に身体が熱くなって私一人だけ車内で大汗をかいている。それより、このメールにどう返信しようかと悩んでいたら次のメールが届いた。
『さっきの人誰かわかった?』
『さっきの人?』
『良いタイミングで邪魔してくれた人』
『あの「天使」ですか?
わかりません』
『それならいいや
おやすみ!
またメールするよ』
『おやすみなさい』と送って窓の外を眺める。線路の脇は等間隔に街灯があるだけでもう真っ暗だった。
また携帯が震える。
『さっきの返事は?』
まだ覚えてたのかよ、と愕然とした。
『尾浜さん
本気にしてもいいんですか?
嘘ぴょーん!
てっきり後から「冗談だよーん」てメールが来ると思ってたんですけど!』
速攻で返事が来る。
『あのさ、オレ一瞬喜んじゃったよ』
あれ?えっ?と思ったらまた着信。
『嫌われてないならいいや』
『うーん
正直好きでも嫌いでもないです
5段階でいえば3.4ってところかな?』
『微妙だねー』
だって、尾浜さんて鉢屋さんと一緒につるんで結構遊んでるらしいし、とは書かなかったけど。
『楽しかったですよ、機会があればまた誘って下さいね』
と、フォローしておいた。何のかんのいって尾浜さんには助けられてるし。これからも助けて貰うことがありそうだし。
『じゃ、オレ頑張るよ』
何を頑張るというのだ。
バッグを挟まれたままの私は、どうやら帰り道とは逆方向の電車に乗ってしまったと気がつく。しかも急行だからか、こちら側のドアがなかなか開かない。やっとのことで家にたどり着いたのは日を越えてからだった。