待ち合わせ 1


指定されたその店は思ったより遠くて、時間ギリギリになってしまった私は目下小走りで通りを急いでいる。待ち合わせ場所は確か通り沿いにあるカフェ。ここはオフィス街なので同じフランチャイズでも比較的静かな店舗だから待ち合わせのカップルも多い。でも外から覗いてもあの人がどこに座っているかよく分からなくて、私は中へ入った。

見渡すと落ち着いた店内の端に数席だけある一人掛ソファに彼は座っていた。随分待っていたのか背もたれに深く背中を預け、脚を組み、肘掛けに腕を置いて、所在無げに頬杖をつきながら携帯を見ている。物憂げな雰囲気が漂って、少し明るさを落とした照明がそれをより一層引き立てていた。周りの女性が彼をチラ見しているのがよく分かる。目当ての人を見つけた私は声をかけた。

「すみません、尾浜さん。お待たせしてしまって」
尾浜さんは私を見ると人懐こい笑みを浮かべた。
「やあ、ちゃんと来てくれたんだ、よかったぁ」
周囲の視線が一斉に私に集中した。この人の連れってコイツかよ?!みたいな感じ。
「お待たせされちゃったよー、もう来ないかと思った」
なんて明るくいいながら立ち上がった。えっ?!私飲み物買いに行こうとしたんですけど?驚く私に向かって尾浜さんは愉しそうにいう。
「じゃ、行こうか」
「えっ?どこへ?」
「腹減っちゃったから食事にしない?」
「あの…お茶だけ頂いて失礼するつもりだったんですが…」
「あははー、だと思った」
尾浜さんは私を覗き込むように少し屈むと、ニンマリと頬を上げた。
「でもどうせ晩ごはん、買って帰るんでしょ?」
何故知ってる…。
「だって、入社したてで自炊する余裕のあるコは少ないからね」
読まれてるし。
「いや、折角ゆっくり話せるんだし今日は俺が…」
「いえ、割り勘でお願いします」
尾浜さんに借りを作ったら後で何を要求されるか分かったもんじゃない。それと同時に立花先輩の「イイ笑顔」も脳裏に浮かぶ。
「心配しなくたって俺なら大丈夫だよ?」
どう受け取っても大丈夫じゃなさそうなんですが。
「じゃ、尚更割り勘で」
「強情だなあ、ま、そこもいいんだけど」と呟きながら尾浜さんは私の背を軽く押して店を出るよう促した。


通りに出るとさっさと歩き始める。その歩みに一切の躊躇いは感じられない。やられた!最初からそのつもりで、近くの店にアタリを付けていたのだろう。五分程歩いてから脇道に入ると、その少し先に幾つかの明かりが見えた。

尾浜さんは一件の店の前で立ち止まると、こちらにくるりと振り向いた。
「和食好き?…和食っぽいものでもいいかな?」
白木の格子に乳白色の磨りガラスがはまった引戸、墨文字の看板は一枚板。磨りガラスの間からは暖かそうな色の灯りが溢れ、結構な人数が入っているにもかかわらず、あまり騒ぐ声が聞こえてこない。

「もちろん、和食は嫌いじゃないですよ」とはいったけど、尾浜さん。これはどう見ても居酒屋じゃないんですが。ていうか、あの…なんだか…。
経験上、店の周りに酒造メーカーの看板がないのはいい値段の店であることが多い。でも尾浜さんは私の腕を捕まえると勢いよく引戸を開けた。
「ぇいらっしゃい!」
「ぃらっしゃーい!」
「大将、久しぶりー」
「おうっ、勘ちゃん。久しぶりだな」
常連…なの?!白木のカウンターの向こうから、髭面に鉢巻きの白い厨房着を着た店の主人らしき人が声をかけてきた。「お二人様?こちらへどうぞー!」とバンダナを頭に巻いた黒髪サラサラストレートのバイト君がカウンター席を指し示してくれる。元気が良くてなかなか可愛い男の子だ。大学生くらいかなあ、いや高校生かも。自然と頬も緩むってもんですよ。

すると突然尾浜さんは私の頭の上をガシッと鷲掴むと、無理矢理彼の方へと向き直らせた。
「奈々子ちゃん、こっち向こうねー」
あー尾浜さん、イイ笑顔ですねー、目が笑ってないんですけどねー。にこやかで人当たりの良いイメージの尾浜さんだけど、ふとした瞬間に見せる表情が怖かったりする。その尾浜さんがさっと店内を見回した。
「今日はうちの会社の人、来てないみたいだけど、どうする?」
意味が分かりません。
「どっちで呼ばれたい?奈々子?それとも睦美?」
確かに、今の状態で七紙さん呼びだと誰か知ってる人が店に来たとき危ないもんね。
「勘ちゃん!何飲む?お連れさんも!」
「あ、大将。とりあえず生中一つと…「ウーロン茶お願いします」」
えーっ、なんて隣で尾浜さんがブーイングを出すが私は飲めないんです。
「一滴も?」
「一滴も!」
「それでよく営業一課の宴会乗りきったね」と感心される。
「適当に逃げてたんで。雰囲気は嫌いじゃないし、お酒が入ると皆の意外な一面が見られるでしょ?」と答えると「やっぱ調査員だね」といわれた。けど、私この仕事向いてないし。

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