天気は雨のち微妙 4
「すみません、遅くなって」
出来るだけ明るい声を出して元気そうにみえるよう取り繕う。二廓君がホッとしたような表情で笑いかけてくれた。さすがホットマスクの威力は偉大だ。涙目の腫れもすぐに引いてくれた。
不思議なことに例の物置部屋へ行ったら、『好きに使え』というメモと共にこれが置いてあった。確かに立花先輩の字だった。いつも思うけど、立花先輩って超能力者?!まさかね。でもそう感じるくらい、いつも最高のタイミングで助けてくれる。ま、先日はちょっと間に合わなかったけれど。
さあ、久々知主任が戻ってくる前に仕事を終わらせてしまおう。で、尾浜さんに美味しい店を教えて貰おう。伝七(のりな)ちゃんが「尾浜さんの甘いもの情報は半端ないです」といってたから楽しみだ。でも早速彼女も誘われたんだろうか。そう考えると何故だか一瞬胸がモヤッとした。
それから小一時間いや二時間位、集中して作業した。だから九分九厘終了。誉めてやりたい、私が私を。よくやったぞ、私。
全て保存するとメールに添付して久々知主任宛に送った。アドレス間違えるとシャレになんないよね、と何度も宛先が久々知主任なのを確かめる。だって前に経理の神崎左門さんから営業によくメールが来てたし。文面はどうみても財務部宛だったけど。
他にも神崎さんって「BCCにするつもりでCCにしちゃったのね」というのもあった。だから業を煮やした課長代理が、神崎さんのパソコンだけ社内LANにしか繋げないようにしたらしい。被害は最小限にという涙ぐましい工夫。そういえば次屋さんから他社営業部宛のメールが、なぜだか人事に届いたって藤内美ちゃんが嘆いてたっけ。
何気なく外へ視線を移すと、窓から見える空の色も段々と夕暮れて、街に明かりが灯り始めている。でもまだ久々知主任は戻ってこない。もしかしたら予定が詰まっていて主任もイライラしていたのかも、と主任を恨めしく思った自分を少しだけ反省した。
ふと机の端に目を遣れば、充電中の携帯に着信を示すランプが点滅している。えっ?まさかっ!まさかの尾浜さん?!そういや私アドレス教えてないけど、と半ばビビりながら携帯を開けた。
From:勘ちゃん
To:奈々子ちゃん
Sub:勘ちゃんです
通り沿いのスタバで7時
携帯置きっぱは感心しないな〜悪いヤツが見るかもσ( ̄∇ ̄ )
「ソレはお前だろ」と言いたくなる。まったくいつの間に…たぶん赤外だよね。私は尾浜さんが恐ろしくなった。しかも私のプロフィールに『ちゃん』までつけられてるし。
From:奈々子
To:勘ちゃん
Sub:Re1:勘ちゃんです
場所と時間は了解です
今度から勝手に登録する悪いヤツには気を付けます
『ヤだなあ、ほんの冗談だよ』と返信が来たけどそれは無視する。それに尾浜さんは男子社員なのに7時スタバなんて来られるんだろうか?私も当初より手早くなったとはいえ、そんなに早く『変身』できない。
仕方なく尾浜さんに15分時間を延ばして貰うべくメールした。『勝手に見られた上、冗談で済まされたくありません』と冒頭に打ったものの、角のあるような気がして削除する。悩んだ挙げ句『じゃあ次は私が尾浜さんの携帯を「隅々」までチェックしますね(はぁと)』にした。あんまり怒ってる感じがしないけど、お互い本当の仕事が仕事だしね、と大目にみる。でも二度目はないからね、尾浜さん。
辺りはすっかり暗くなった。だけど久々知主任はまだ戻ってこない。とうとう6時45分になり私は課長と二廓君に退社を伝えると商品開発課を出た。一応、久々知主任にはメモを残して帰る。『お先に失礼しますが、何かあれば携帯へお願い致します』と書いて。