天気は雨のち微妙 1
本来の配属は「動き易さを考えて総務部辺りだろう」と立花先輩がいってたのに…。残念ながら私は未だに社内をさ迷う流浪の民。そして現在進行形で針のムシロに座っている。そのムシロはここ、商品開発課に敷かれていた。
只今、私は久々知主任の監視の下、パワフルポイントのファイルを作っている。
「七紙さん、このザックリ作ったのを清書して」
箇条書きがあるだけなんですが。
「七紙さん、適切な内容選んで膨らませて」
内容読んでも理解できなかったけどいいですか?
「七紙さん、分量見たいから先に全部ベタ打ちして」
これ全部手で打つの?
「七紙さん、それ一つだけじゃないから、終わったら詳細資料にかかって」
まだあるのかよ!
「七紙さん、ついでに使う画像の処理出来るならやっといて」
出来なくないけど、やたら枚数多いですよ?
「七紙さん、午後外出するから戻るまでに終わらせて。チェックするから」
無理です、間に合いません。
あの…すいません。私、身体が一つしかないんです。久々知主任の指示は的確だがどこか冷たい。最初はツンデレ?とも思ったがデレはどこにもいない。てか、どこ探してもツンしかいない。
そもそも何でテキストデータ貰って来てないんだよ。仕方なく私は九丁目さんにメールで泣きついて送って貰った。それでも半分弱ぐらいだった。残りのデータは引越で紛失したり(なんでそうなる?!)、持ち出せなかったり(一体どこから?!)、爆発したらしい(あり得ない!!)。もっとも彼のこの説明じゃよく分からなかったけど。
でも、お蔭で助かった。これで久々知主任の要求する速さで終わらせることが出来る。ならば少しは喜んで貰えるだろうか。与えられた業務をこなすのは当たり前のことだけど、それでも少しは久々知主任が笑顔を見せてくれたら嬉しい。ただそれだけだったのに。
だがそれを境に主任の空気がピリピリし始めた。頼みの綱の土井課長は中間管理職の会議に行ってしまうし。もしかしたら久々知主任は私が八神さんだという証拠を、得意の圧迫手法で掴もうとしているのかもしれない。でも沈着冷静な主任に、この間抜けさでは誰にも負けない私が勝てる訳がない。くそっ、自分で言ってて哀しい。
それにしても久々知主任が出す重たい空気に朝から息が詰まりそう。だから今日初めて会った同じ部署のニ廓君が、何かと気を使ってくれている。それも久々知主任に分からないように然り気無く、だ。こんなに細やかに気を遣える青年がいるなんて、今時貴重だよね。ルックスはイケ…ではないかもだけど、優しさが滲み出ている。そんな感じで好感度大だった。
そもそもニ廓君は初対面の時から私を見てもほとんど驚かなかった。最初に行った営業一課の男どもは、私を見るなり大概ぎょっとしてたんだけど。もしかすると私自身がこの姿に違和感を感じなくなってきた位だから、みんな社員食堂辺りで見て慣れてきたのかもしれない。だとしても、そんな人当たりの良い彼の存在が今の私には唯一のオアシスだった。
「まさかニ廓君が皆本君や笹山さんや黒門さんと同期だとは思わなかったよー、しっかりしてるんだもん」
私よりも、なんて寂しすぎるから言えないけど。
「同期の皆からも、よく言われるんですよー。オカンって」
少し哀愁を帯びた微笑みをみせた。
「二廓君もそうだけど、今年入社の社員は気配りが出来るって立花先輩が誉めてたよ」
そうですか、「あの」立花先輩が?、なんて嬉しそうにするのが何だかかわいい。少しだけ空気が和んだ気がした、だけど。
突然聞こえた艶のある、けれど冷たく鋭い声。
「七紙さん、提出日いつなのか分かってるよな?」
トドメの一撃。
「口より手を動かしたらどうだ?」