遠出しました 4
「全部…ですか?」
思わずそう口にすると、「まだまだほんの一部ですよ」と玉三郎が答える。
何ですとぉ?私聞き間違いましたか?
「かなり絞ったんですよ」
えっ、とまた自分の耳を疑う。玉三郎はニヒルなつもりなのか、ニヤと口角を持ち上げた。これが所謂どや顔か。そんなことでデキる男を気取ってカッコつけなくていいですから。そもそも全然デキてないし。
「お渡しする資料は、これの10倍ありますから」
2t車で来いっていうんかい!それより化学会社なんだからせめてデータはPDFにしようよ。んでディスクで下さいよ!何故にこの量を紙資料で?!
でも少しずつ読めてきた。チラと横の久々知主任を見れば笑いを噛み殺している。土井課長が私から目を逸らした。
えっとですね。私がこの膨大な紙束の中からピンポイントで資料を抜き出せってことですか?……無茶です。ていうか無理です。あっ!課長、壁を向かないで下さい。
「えっと…必要なものだけ頂けたらそれで充分かと」
「いやいやいや、『こんなこともあろうかと』常に備えるのが営業としての務めですよ」
違うと思う。玉三郎は空気を読んで欲しい。だから今までの出資話が全部没ってたんだよ。
恨めしそうに玉三郎を見つめていると、久々知さんが私の肩をポンと叩いた。
「俺も手伝うから…西長洲本通さんも手伝ってくれるっていうし」
ガンバレ、と至近距離から小声で囁かれて耳元がくすぐったい。えっ何コレ?久々知さんっ、無駄に燃料投下してませんか?!ここまでされたら頑張らない訳にいかない。土井課長と久々知主任が施設の見学に回る間に私は九丁目さんと作業を始めることにした。
「災難でしたね」
九丁目さんは柔らかに笑みかけてくれる。何となく癒し系の青年だよね、時友シロちゃんとは違う路線の。
「でもね、コツがあるんです」
コツ?何の?!
「目当ての書類を見付ける方法です」
目を輝かせて九丁目さんを見上げると彼は少し照れたようだった。
「一束ずつチェックは必要ですが、この印が付いてるものがメインになります」
でもソレ、マル秘とか社外秘って書いてあるんですが。
「こうでもしないと私も分からなくなっちゃうんで」
ああ…、そうでしたか。苦労されてるんですね。ちなみに実際の社外秘やマル秘はどうするんですか?
「簡単ですよ。こうするんです」
彼はスタンプを押した。『書留速達』
「重要度は『控』と『済』を使い分けます」
はあ、何というかなかなか戦略的ですね、違う方向に。
「不必要なものは?」
「あー、それはですね。」示されたのは『要FAX』。先輩の手前速攻で廃棄するわけにはいかないらしい。大変だなと染々同情した。
じゃあ手分けして探しましょう、と九丁目さんの言葉を合図に二人して黙々と作業に取りかかった。
「でも、どうしてこんな大切なことを私に?」
九丁目さんは照れながら頭を掻いた。
「何となく…」
はあ、よく分からないけどご厚意には感謝しますね。九丁目さんが頬を赤らめているけど、揉め事は避けたいからあえて無視した。