帰りはコワイ 4


「睦美、遅かったな」
「立花先輩!」と私は駆け寄って先輩に抱きついた。立花先輩の顔を見たら何だか急にさっきの恐怖を思い出してしまったからだった。先輩は泣きべそをかく私の背中を優しく撫でてくれる。
「悪かったな、睦美。対応が遅れたのは私の責任だ。だが、もう安心していいぞ」
そう言いながら呆気にとられて口を開けている久々知さんをちらりと見る。久々知さんがびくりと身体を震わせた。
「久々知にも世話をかけたな。最近の痴漢は大胆で我々女性はどうしようもない。礼をいうぞ」
「そ、そうでしたか…。俺はてっきり立花先輩がまた恨みを買ったのかと思っ…」
先輩の向こう側をちらりと見た久々知さんは段々語尾が小さくなった。
「今度一緒に飲みに行かないか?久々知。私がご馳走するから」と艶やかに目を細める。ひやりとした夜気にあたってさらに色白になった立花先輩が妖しく夜の闇に浮かんでいる。でも私には一瞬先輩の台詞が、「私をご馳走するから」と聞こえて思いっきり焦った。しかし誘われた久々知さんはひきつった顔で無理矢理口角を上げる。
「ありがとうございます。それはまた次の機会にでも……」
その後はよく分からないことを口走りながらコンビニの袋をガサガサさせて、逃げるようにその場を去ってしまった。お蔭で私はお礼を言えず仕舞いだった。

「喰えない男だな、まあ時間の問題だが…」
先輩は名残惜しそうに久々知さんの後ろ姿を見送る。傍に来た藤内美ちゃんが私に目配せした。どうやらまだ久々知さんは立花先輩の魔の手にかかっていないらしい。藤内美ちゃんはさらにその向こうを差し示した。そこには何と私を捕まえた男二人が涙を流しながら座っている。
「あのね、奈々子さん。警備員さんはね、逆に私達のことを疑ってたんだって」
それにしては腑に落ちない部分が多々ある。ここではいえないけど。すると藤内美ちゃんが後で説明するからといって、警備員さんにペットボトルの水を渡しにいった。時々くしゃみをしながらまだ涙を流すオジサン達は、立花先輩に催涙スプレーをお見舞いされたらしい。私は彼らの前に仁王立ちで立ちはだかる。
「だいたい夜道で男の人に追いかけられたら誰だって逃げるに決まってますよっ!」
しゅんとして項垂れているが転んで擦りむいた膝頭が痛くてまだ許す気になれない。立花先輩が私の横に来ると彼等に伝えた。
「シノビの総務と保安に報告したからな。そこからビル警備本社自体に連絡が行くかどうかは知らんが」

暫くすると息急ききって走ってくる男性の姿が見えた。相変わらず今日はやけにこの道の人通りが少なくて、それが奇妙に感じられた。
「仙子、藤内美、無事か?…と、彼女は?」
街灯に照らされて男性の姿が見えた。
やっぱり今日は目の正月だよ、お祖母ちゃん。涼しげな鋭い目付きに形の良い眉、すっきり通った鼻筋の好青年といった感じの人が立花先輩と何やら話し始めた。その人はいやに私の方をちらちら見るので嫌でも時々目が合ってしまう。大方私がどこの誰か探りを入れてるに違いない。
「藤内美ちゃん、あの人は?」
「総務部総務課の食満係長って立花先輩と同期なの」
秘書課があった頃、綾部先輩が飲みに行こうってしつこく誘われたそうよ、と遠い目をした。ということは当然、藤内美ちゃんもしつこく誘われた口なのだろう。
「じゃ後はこっちで処理しとくから」と、食満係長は片手を上げた。その姿がとっても絵になっていて、まるでグラビアから抜け出してきたようだった。
でもがっくりと項垂れたオジサンを両脇に抱えるように戻っていく後ろ姿は、何だか宇宙人の手を引くエリア51の職員を彷彿とさせた。

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