風雲の健康診断 3


「七紙奈々子さんですね」
デスクから顔を上げた先生は目が眩むような…!!さすが立花先輩の選球(男)眼に狂いはない。伊達に合コンばかり行ってるわけではなかった。
先生は優しく恥じらうように微笑むとまたカルテに目を落とした。
「問題ないですね」
はい、健康は私の取り柄です。でも、それ以外の問題点は山積みですが。すると先生の瞳の奥がキラリと光った。
「先日はギリギリで間に合って良かったね」
私は話が掴めずキョトンとしていたのだろう。その善法寺という名札を付けた先生は優しく少し気弱な笑みをこぼした。まさか、ちょっと先生!関係ない人が横にいるんだから空気読んで!、と私は気が気ではなくなって半歩ほど離れた所に立って控える鶴町君の様子を探った。すると鶴町君は何だかワクワクした顔つきで私と善法寺先生の顔を交互に見ている。私がありありと警戒感を浮かべたせいか、彼は慌てて自分の胸の前で小刻みに手を振った。
「あぁ僕のことは心配しなくていいから。僕は僕なりに会長に協力してるんだよ。どんな方法かは聞かないでくれると有り難いんだけど…」
「そうでしたか」
「表で鉢屋君達に会った?」
「はい、お会いしました」
相変わらず空気を読まない会話は続く。途中からどうでもよくなってきた私は先生の質問に素直に答えることにした。
「僕が呼んだんだ。何かあったら立花さん以外にも頼れる人がいると安心でしょ?」
何たって立花さんは女性だし男手が必要なこともあるだろうからね、と善法寺先生はへにゃりと顔を崩した。やっぱりハンサムだと何をしても格好いいなぁと見とれていた。
それにしても、善法寺先生にかかれば立花先輩も女の「子」扱いにになるんだと思って意外だった。立花先輩はそれを知ってるんだろうか?背筋がぞくりとして嫌な汗が出てきた。
「じゃあ何かあったらまた診察に来てくださいね」
先生は私に向かって軽く目配せするとデスクに向きを変えた。その時だった。
「きぃやぁぁぁーーー」
謎の悲鳴と共にパーティションを突き抜けて、いや突き抜けてないけど、部屋の仕切りが何故だか押し倒されて人が飛んできた、善法寺先生の上に。私は咄嗟に飛び退いたけど、慌てて壁を押さえようとした鶴町君は一緒に巻き込まれ、二人、いや三人は白いボードの下になり姿が見えなくなった。

一瞬のことで私は何が起こったのか理解できない。ただ目の前にようやく這い出てきた善法寺先生と鶴町君、何故だか三反田さんが転がっている。気の毒だけど巻き込まれなくて良かったと胸を撫で下ろした。とはいえ、これを放っておくわけにもいかない。私は倒れている人達に向かって「大丈夫ですか?」いや、大丈夫じゃないと思うけど、と思いつつ声をかけた。
「あっイテテテ…だ大丈夫、慣れてるからね」
「えっ?!慣れてる?」
「七紙さんは聞いたことない?ここのクリニックは別名『不運クリニック』って言われてるんだ」
善法寺先生は「全く情けないよね」といったふうに眉を寄せて力ない笑みをこぼした。その横で同じように力なく笑う鶴町君が益々青ざめながら「すっごいスリルー」と呟いている。私は重篤な症状のときにここへ来るのは絶体に止そうと決心した。
善法寺先生の腕を取って助け起こすと辺りの状況が見えてきた。

「誰だよ!こんな所に段ボール置いたのはっ!乱太郎か?!」
「違いますよぅ」という声はあの眼鏡天使くんだ。乱太郎って名前なんだ。先の声は川西君だろう。ツンツンしてたから。
「間違ってシノビさんの総務に届いたから、さっき小松田さんが持ってきてくれたんです」
見れば潰れた段ボールが何個も転がっている。箱には『尾仁田化学株式会社 Onita Chemical Inc.』と書いてあって、中で破損したのか液体が漏れ出ているのが恐ろしい。
「また小松田さんですかっ!」
川西君がまた、といったのが気になった。総務にそんな人いたっけ?

疲れ果て呆けている彼等の話を要約するとこうらしい。
大量のカルテを運んでいて前がよく見えなかった乱太郎君は、小松田さんの置いていった段ボール箱につまづいてカルテをぶちまけた。そこへ消毒薬を補充しようとした川西君がカルテのクリアファイルに滑って転んで消毒薬を撒き散らした。そこへ走ってデータを届けに来た三反田君が液体で滑った勢いのままパーティションに激突し、その裏で診察していた善法寺先生に倒れ込んだらしかった、壁ごと。後は私が見た通りで、壁を押さえようとした鶴町君がそのまま巻き込まれたのだった。

なんというコント集団、見事な負の連係プレー。もう苦笑するしかない。

「後は僕達で片付けますから…」とゲンなりした様子の乱太郎君が私に謝った。よく見れば何だか善法寺先生の使うモニターにもヒビが入っている。
私は申し訳ないと思いつつクリニックを後にした。それにしてもピクリとも動かない三反田さんのことが気になった。


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ごめんね、数馬…。謝る。最初の設定だと若手先生の一人だったんだよね

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