風雲の健康診断 2


最後の先生の問診がなぜか渋滞していて診察室の前には人が溢れ返っていた。第1診察室、第2診察室とあるから、このどちらかに例のハンサムが生息しているのだろう。ていうかハズレは新野先生ということか。でも実際に具合が悪いなら大先生の方がいいかも、と込み合う廊下に立って私はぼんやりとしていた。

「ねぇねぇ、キミ。あんまり見かけないけど、何処の部署?」
いきなり話しかけられた私は声がした方へ振り向いて……心臓が飛び出そうになった。
私の背後で溢れんばかりの人懐っこい笑みを見せる件のハンサム君、尾浜さんが立っていた。その後には腕組みをして斜に構える鉢屋さんが値踏みをするような目付きで私を見ている。
「あ…あの中途採用なので今は補助で営業にいますが…」
間近で見てもこの二人はたぶん私より年上だろうとじっくり観察して確かめる。それにしても尾浜さんが近すぎてドキドキしてしまい上手く話せない。そういや至近距離から見た七松係長もかなり男前だったことを思い出して、私は知らず知らずのうちに頬を染めてしまった、らしい。
「そっか。あ、照れなくっていいんだよ。俺は人事部の尾浜勘右衛門」
いやさ、鉢屋とスゴい睫毛だなーなんて話してて。三郎がエクステじゃねっていうから俺は自前だろって話になってさあ、と尾浜さんは一人で話し続ける。
「んじゃ、賭けるか?ってなってね」
呆気に取られた私は喋る尾浜さんをぼんやり眺めていた。彼は再び人の良い笑顔になった。
「そうだっ。この近所にあるカフェの和風味デザートが絶品なんだけど、七紙さん知ってる?」
私は首を横に振った。
「来たばっかりだもんねえ。あ、後さ、このビルの地下にあるコンビニはアンテナショップらしくって、他所で余り見かけないデザートをいち早く売ってるんだよね」
今度覗いてみるといいよ、と尾浜さんは一気に捲し立てた。もしかして尾浜さん甘党?彼が嬉しそうに甘いものを頬張る姿を想像すると、かなり微笑ましいものがある。ていうか可愛い。

にやにやしながら尾浜さんを眺めていたら、いきなり肩を小突かれた。
「で、七紙さんはどっちなんだ?」
振り向くと意地悪く口角を上げた鉢屋さんがいる。大体女の子にそんなこと聞くなっつーの。そう思ってムッとしたのが伝わったのか鉢屋さんがボソリと囁いた。
「ちょっと顔が酷いぞ。立花先輩に言って、もう少しマシな化粧に変えてもらえ」
えっ!今のは何?と改めて鉢屋さんに聞こうとしたら、順番が来たのか彼はさっさと向こうへ行ってしまった。
まさか、ね。でも、もしかして鉢屋さんは人事部だから私の普段の姿を知ってるってこと?それとも私が立花先輩のパシリと見られてるから先輩の名前を出したの?どちらの意味にも取ることができた。
私が思い巡らせている間も尾浜さんはずっと傍にいた。尾浜さんがまだいたことに気付いた私と目が合って、尾浜さんは微かに笑った。が、それは今までの朗らかな笑顔から想像も出来ない、何もかも凍りつかせてしまうような冷たい微笑みだった。
だが、次の瞬間にはいつもの人好きのする顔に戻る。
「七紙さん、今度一緒に例のカフェへ行こうね」と小首を傾げて可愛いらしくいった。騙されない、騙されないから。私は背筋に寒いものを感じながら何とか愛想笑いを返した。

「七紙さん、第2診察室にお入り下さい」
先程の赤毛の眼鏡の男の子が私を呼んだ。私はカーテンを開けて中に入った。中にはやけに顔色の悪い男の子の看護士がいて、名札には鶴町と書いてある。その子は私に「どうぞお掛けください」と丸い座面の回転椅子を指さした。

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