嵐の前触れ
私ね、朝は弱いんです。でもね、バッチリ目が覚めましたよ、立花先輩。腕組みして張り付けたような笑顔を浮かべている貴女を一目見たら……。
「いずれにせよ災難だったな」
立花先輩は全然気の毒じゃなさそうに微笑むと、意味深な瞳で藤内美ちゃんをチラリと見やる。兵ちゃんも、伝七ちゃんもいるけど、思った通り自由人な喜八ちゃんだけは来ていない。
「まぁ事前に防ぐことが出来てよかった」
立花先輩の言葉を受けた藤内美ちゃんが嫌そうに眉を寄せた。
「先輩、思い出させないでください」
あの時は次屋が大活躍だったな、とほくそ笑む先輩は意地が悪い。私が面喰らっていると藤内美ちゃんがこちらを向いた。
「次屋君がね『浦風さんはは俺の彼女っス!』って守ってくれたんだけど…ねぇ」
はぁ、とため息をつく藤内美ちゃんは月曜の朝っぱらから色っぽい。でも「けど…」ってのが気にかかりますよ、藤内美ちゃん。
「あ、新入社員だった時の話よ」
珍しく藤内美ちゃんがちょっと狼狽えた。
「七松はイイ女だと『ハートで感じた』ら、とりあえず全部いっとく方針だからな」
立花先輩は七松係長を呼び捨てにした。係長と親しいんですね、というと先輩はニヤと不敵な笑みをこぼした。どんなホラー映画よりコワい。
「……昔、喰ってやった」
「えぇっ!!!」
「……嘘だ、そうそうすぐに信用するな。ただの同期だ」
立花先輩はうんざりした顔をすると、脱力する私を見て溜め息をついた。あれ?でも、同期?それって立花先輩、かなりの……。
「こら、足し算をするな」
先輩に睨まれて項垂れつつも私は口を開く。
「でも…後一週間、七松係長とどう接していいか分かりません。もうバレたも同然です」
「気にするな」
そんなの無理ですって。思わず私はぶんぶんと首を左右に振ってしまった。
「なぁに、七松は何にも覚えちゃいないさ。酒が入ってたんだ。変装に気付いたのだってそれが理由だしな」
立花先輩は乾いた笑みを浮かべる。どうやらアルコールのお蔭で理性より本能が勝った七松係長は、野生の勘で変装を見破りこのチームの思惑に気付いたらしかった。
「喜八はブッスリいってたんだろう?」
「はい、それはもうドッスリと」
伝七ちゃんが答えた。立花先輩は満足そうに頷いた。
「眠剤を使用したから多少前後の記憶が怪しくなっている筈だ」
酒と眠剤って、ソレ危険すぎますって!私は青くなった。
「なに、心配無用だ。資格を持ったものが処方しているし、喜八に関しても問題ない」
ソレって余計にマズ…、私は後に続く言葉を飲み込んだ。その辺の諸事情はあまり深く知りたくない気がしたからそれ以上尋ねるのは止した。
ぼんやりしていた私の耳に鈴のような藤内美ちゃんの声が響いた。
「そういうば、奈々子さんは中途入社だから健康診断がまだでしょ?私から七松係長に連絡しておくから、先にビルの2Fにあるクリニックに行ってきてね」
シノビ商事の社員の健診だと伝えれば話が通じるから、と藤内美ちゃんがいった。今朝はどうしても営業一課に足が向かなかったこともあり、大人しく藤内美ちゃんの指示に従うことにした。
今日はテンション低いよね。足取りも重いし。やっぱりブルーマンデーかな、なんて考えながら私はエレベーターに乗り込んだ。