飲み会が始まった 2


揚げ物とか適当なコースメニューが次々に運ばれて来ると、みんな日頃のストレスのせいか急ピッチでアルコールを消費してゆく。なので雰囲気もほとんど無礼講の状態になってきた。私が思うに七松係長もストレスの一端を担ってると思うんだけど、そんなこと面と向かって言えな……言ってるヤツがいるよ、目の前に。
「だいらぃねぇ〜、かかっ長がぁ、いい加減らからっ、私がぁ苦労してるんスよぉ」
あぁ、平主任出来上がってるよ。ストレスの塊だもんね、分かるわぁ。
「なぁ金吾ぉっ!」
同意を求められても困るよねぇ。皆本君が赤い顔して苦笑する。少し酔ってとろんとした顔が可愛い、まったくイケメンは何をしても絵になる。私ももっと酔ってたらちゅーしちゃうのに。でもこの危険な状況下では酔うのもままならない。
「七紙さんもらぁっ!七松にビシッといっれやっれよっ、ねっ」
既に目が据わってきた平主任にどしんと肩を叩かれた。うわわ、こっちにネタ振ってきたよ。リアクション困るってーの。いつもの凛々しい平主任の隠された、あ、全然隠されてないけど、見てはいけない一面を見てしまった気がする。しかもこの雰囲気の中、平主任と一緒に騒ぎつつも七松係長の目は笑っていない。主任危うし。

ふと横で飲んでる係長の腕に目をやった。すっごく鍛えられててやけに太い前腕、こんなに飲むのに身体も筋肉質だし。まぁ、あの資料が全部入った重い営業鞄を持ち歩いてるからかもしれないけど。私は興味本意で七松係長に尋ねた。
「七松係長は何かスポーツをされてるんですか?」
太陽のような笑顔を向けられる。先入観があるから気付かなかったけど結構彼も整った顔立ちだと思う。いわゆる脳筋、「脳味噌まで筋肉」だけど。
「おぉ、毎日腕立て300回と腹筋300回、スクワット……」
その後も続けてよく分からない単語が並ぶが、毎日筋トレを欠かさないということだけは理解できた。
「……でな、私、高校んときバレーやってたんだ。いけどんアタックって相手チームから……」
相手チームの方々ご愁傷様です。ドアを開閉するときの勢いでどんなアタックだったか想像できます。
「…にしても七紙さんはちょっと運動したらすぐ痩せんじゃないのか?二の腕とか足首とか意外にパーツが細いだろ」
「筋トレメニュー組んでやろうか?」なんて言いながら手首を掴まれた。私は驚いて「私を殺す気っ!」なんて叫んでしまった。幸い平主任には聞こえてなくてほっとしたけど、聞こえてたら盛大に同意してくれるから余計に面倒だったろう。でも横で皆本君が肩を震わせて声を出さずに笑っている。

ふと七松係長が私の耳元で囁いた。彼にしては有り得ないほど小さな声だった。
「私さ、たくさん女の子見たから分かるんだけどな」
耳にかかる息がくすぐったい。わざとか?「いや、いやらしい意味じゃなくてさ」というがどんな意味だよ、しかもたくさん見たって。
「七紙さん、体つきの割には顎から首にかけてとか、手首や指も細いだろ?」
コイツがセクハラ常習犯か?
「何だか違和感あったから気になってな」
それだけいうと七松係長はいきなり立ち上がった。ゲラゲラ笑いながら出ていこうとした次屋君の襟首を掴むと、「次屋―、連れションは久し振りだな、オイ!」と叫びながら一緒に出ていった。

「あれで小声のつもりなんですよねー」
この声はっ!慌てて振り向くと癒しの天使、時友シロちゃんがはにかむように微笑んでいた。あぁもう、お姉さんは今すぐ変装を解いて正体を現してしまいたい。
「そろそろお会計ですから」
ほぼシラフの彼が集金しているらしい。
「僕は気配を消してましたからね〜」
そういって彼はニッコリ微笑むが、気絶したフリしてたのお姉さんは知ってるよ。部屋の隅っこでダンゴ虫みたいに丸まって寝ている時友君の癒しオーラはちゃんと出てたから。私の近くはいやらしオーラだったけどね。
「あ、時友さん。差し支えなければ何かあった時に連絡取りたいので携帯のアドレス教えて頂けますか?」
何かなくてもメールするもんねと思ったり。
「ええいいですよ、じゃ僕も念のため」
ニッコリ微笑まれアドレスを交換する。sirochan-time.friendsかぁ、まんまだなとニンマリした。とにかく今日の私はミッションコンプリートですよと、やり遂げた感一杯になった。柄にもなく彼にアドレスを聞くとき緊張して眼鏡が湯気で曇ってしまった。


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