飲み会が始まった 1


「七紙さんは私の横だ!」
いえ結構ですと固辞する私を七松係長は強引に腕を掴んで自分の隣に座らせた。あぁ、愛しの時友君は長テーブルの対角で遥か彼方。唯一の楽しみを奪われた私は飲み会を控えいきなりどんよりとした気分になった。

件の紙袋に入っていたのはベビーピンクの超ミニナース服。広げた瞬間、私は絶叫した。が、「今日のビックリ!ドッキリ(はぁと)お疲れ様でした!」なんてご丁寧なタグが付いていて、二重底になったその下に普通のワンピースと白いカーディガンが入っていた。
でもなぁ、この薄いピンクの花模様のワンピ。似合う人が着ればいいんだけど今の私が着ると、今どきどこにこんなの売ってるんですか?って感じで、ほとんど田舎の洋品店のデッドストック。共布で出来た細目のリボンを結べばまるでボンレスハム。鏡を見て我ながら泣けてきたが、逆に探し出してきた兵ちゃんは拍手ものだと思う。

「それでは株式会社シノビ営業部営業第一課の新にゅ…「よーしとりあえずビールからいくかっ!みんな飲むぞーっ!いけいけどんどーん」」
乾杯の音頭を取ろうとした平主任を遮って、七松係長はいきなり「いけいけどんどーん」なんて恐ろしいことを叫んだ。平主任を見れば既に顔が引きつっている。私はこのどさくさに紛れて部屋の隅に逃げようとしたその時。
「七紙さん、どこ行くんだ?」
満面に笑顔を浮かべた係長が私の袖を握っている。
あ…七松係長すっごくいい笑顔ですね。笑顔ですが全然目が笑っていらっしゃいませんね。ていうか、まだ一滴もお酒入ってませんよね。
「あ…その手を洗いに…」
しどろもどろで答えると、「そっか」と邪気のない笑顔を返してきた。
「さっさと戻ってこいよ!食い物なくなるぞ」
あのー係長、まだ飲み物しか出てませんが。
もう、決定!ビールが来たら瓶持って注いで回るフリして逃亡しよう、私は決心した。
「お前の席ここにキープしとくからなっ!」
ニカッと太陽のような営業一課名物の七松スマイルを返される。でも真顔に戻ったとき目の奥が鋭く光った。この人一体何者だよ…。

「すいません!遅くなりましたっ!」
個室の仕切りを開けて入ってきたのは7:3の分け目も眩しくキリリと眉の上がった好青年、ていうかハッキリ言ってイケメン。
「おぉー金吾か、研修お疲れさん」
七松係長が上機嫌で彼を労う。研修ってことは彼も兵ちゃんと同期の一年目なのね。彼は私をちらっと見たけど意外なほどリアクションがなくてつまらない。
「七紙さんの横に席を開けておいたぞ」
七松係長のハイテンションに押されながらも、「皆本金吾です」と折り目正しく挨拶してくれた。絵になる青年が横に来たから私はちょっとだけ気分が上向いた。
「じゃとりあえずビール15…あ?20本?…とチューハイ…「あ、俺、生搾りグレープサワー「あ、私も」「わたしもっ」」、ウーロンハイ「6っつ」、ハイボール「3っつぅ」」「僕はカルピスサワーで…「カシスオレンジ」、と?「梅酒をロックで」」「冷酒ぅ「お猪口3っつね」」
注文を取りに来たお店の人も必死で聞き取ってて気の毒な感じ。ていうか「とりあえず」の量じゃない。しかもハッキリいって14人分の量を超えている。しかもお店の人、ビールなんかケースごと持ってきてたし。

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