歓迎会は不要です


『七紙さん。係長が歓迎会するぞーって言うんだけど、明日大丈夫?いや、係長が宴会好きでね、急ですまないが頼むよ』

ど、ど、ど、どうしましょう、立花先輩!思いっきり眉毛をハの字にした困り顔の平主任からこんなこと言われちゃいましたっ!あら、立花『先輩』だなんてまだ四日しか経ってないのに私ってば。

「行けば良いではないか?酒の席は人を見極める良い機会だぞ。どのみち断れないだろう?」

鬼気迫る表情で念入りにマスカラを塗り直していた立花先輩が、ニヤニヤしながらこちらを向いた。先輩のデート用の香水が狭い部屋に漂って、ちょっと迷惑。今日はいったい社内の誰が喰われるんだろう?あ、社外か?いや、重役陣かも?!
「合コンだ」
私の考えを見透かしたかのような答えが返ってきた。
「でも…」
明日このメークのまま飲み会行くのは嫌ですぅ、と文句を言う。そんな私は階段室の倉庫で例のメークを落としていた。

終業後、プロジェクトのメンバーは報告を兼ねて週何回か不定期にここへ集まることになっている。そんなに頻発に集まっては怪しまれそうなものだけど、我々下っ端は立花女帝のパシリと見なされているから誰も不思議がらなかった。しかもこの部屋は実質、立花先輩の私物置場になっていた。実はああ見えても先輩は優秀な社員なんだそうだ。なぜ定時に上がれるのか不明だけど。

「明日は新入社員の研修終了日だからそれも兼ねての飲みじゃない?」
籐内美ちゃんはモニターから目を離さない。タイピング速っ、十本指打法だし。そういわれるとここ数日は兵ちゃんを見掛けなかった。彼女一年目だったのね。
「たぶん富松君も来るんじゃないかな」
PCに向かって黙々と報告書を打ち込む籐内美ちゃんが言う。どうして?まさか、ね。

「通称、独身寮。…じゃないんだけど会社借り上げのアパートがあって、そこに同期の男子がまとまって住んでてね」
彼女がスラリとした脚を組み換えながら溜め息をついた。まっ、まさか。
「富松君は例の二人を送り迎えしてるの」
放っとけば帰って来るのに、日付が変わるだろうけど、と呟いた。なかなか凄まじい方向音痴だと思う。もはや新たなる進化に近いんじゃなかろうか。でも遺伝子淘汰の点では生き残れないよね。
「むしろ退化だろう」と立花先輩がバッサリ斬った。


「行くしかないなら行くけどさ…」
平主任が気の毒だし。大体ふつうは主任が宴会の手配なんかしないと思う。てか中堅の平社員辺りがするんじゃないの?でも次屋君だと不安なんだろうな、色々な意味で。得意先も向こうからランチミィーティング設定してきてたし。

悶々と考えながら私は私服に着替えていた、けどメークはそのまんま。今から例の宴会だと思うと気が重い。唯一の楽しみは時友君だけだったから、私は酔ったフリしてどさくさ紛れにチューしてやろうかと目論んでいる。ま、それは冗談として、上手い具合に真横をキープ出来ればいいんだけど。

でも着替え始めは私は大きな問題に気が付いた。制服は2サイズ上を着てるから忘れていたけど、私服は本体にジャストサイズですってば。つまり詰め物を入れる余裕が全くないワケで。しまった!この季節はコートなんか着ないし着てたら変な人確定だし。

この滅多に使わない更衣室でどうしたものかと慌てていたら、入口からひょっこりと兵ちゃんが顔を出した。
「あーっ、いたいた!七紙さん。もうっ!探しましたよ」
ハイこれ、と手にしていた紙袋をぬっと私に突き出した。
「きっと忘れてるだろうと思って着替え持ってきたんです」とウインクしてみせる。ちょっ、ちょっと、貴女。カワイイんですけど。私が男だったら間違いなく今の瞬間オチてるから。
「ありがとう。助かったぁ。早速使わせてもらうね」
「どういたしまして」
そう応えた兵ちゃんがクスリと笑ったけど、今の微笑み何だかどす黒くなかったですか?不吉な予感が胸に走る。だけどそのままパタリとドアが閉まって私は一人更衣室に取り残された。
おそるおそる袋を開けてみれば、色は…まず常識的なピンクと白でほっとする。すっかり安心した私は紙袋から服を取り出して広げてみた。

「何じゃこりゃァァァーっ!!」

悲鳴とも怒号ともつかない私の奇声を聞いてほくそ笑む兵ちゃんが扉の外に居ただなんてその時の私は知る由もなかった。


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ヘルプ入れるくらい繁忙期なのに飲み会する営業第一課の不思議……というか、三年’ズの独身寮(仮)の場所を教えてください

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