営業第一課 2
慣れない部署に慣れないパソコンであたふた作業するうちに、あっという間に午後遅い時間になっていて続々と営業さん達が戻ってくる。その度に私は自己紹介する破目になったけど、ここまでくると私にも余裕が出てきて相手の反応を見るのもなかなか楽しくなる。
「ただ今戻りました…」
疲れ果てた営業さんがまた二人戻って来る。毎朝隙なくセットされたであろうサラサラの髪も虚しく、今は外回りでよれよれになっている目元涼しいイケメン男性が私のことをチラと一瞥した。そして顔を強張らせ一瞬眉がビクリと動く。それを見逃さない私がニタっと不吉な笑みを浮かべつつ挨拶を返したから、彼も営業スマイルを浮かべて取り繕ったのがよく分かった。こめかみに冷や汗浮かべてたし。
「平です。君は今日からうちに?」
「はい、繁忙期補助で参りました。よろしくお願いいたします」
「今は時友が一番下だからお前が彼女の面倒をみるように」と斜め後ろに向かって指示した。
ふーん、この癒し系ほんわか少年がそのまま成長したような青年が時友君か。その彼は何一つ動じることなく、「時友四郎兵衛です、よろしくお願いします」と私に微笑みかけてくれた。もうっ、何て良い子だろう!お姉さん、会社の外で出会ってたら確実に抱き締めてるよ。
後で上手いこといって時友君からアドレスを聞き出そうと思ってたら、廊下からやけに騒がしい声が近付いてくる。その声が一課の前で止まるとけたたましい音と共にドアが開いた。開いたけど勢いが良すぎてドアノブが壁にぶち当たりそのまま跳ね返って再び閉まった。道理であの位置にウレタンシートが貼ってあった訳だ。よく見ると貼る前にできたのか壁が一部欠けていた。
「只今戻ったぞー!」
「お疲れ様でーす」
一斉に課内から声が上がる。汗を拭き拭き私に気付いた彼はこちらへ近寄って来た。
「おー、仙子が言ってたのはお前かっ!」
太陽のように陽気に笑って私の肩をバンバン叩く。ちょっ痛い。肩外れるし!
「今度女子がヘルプに入るってな」
「まさかUMAが助っ人に来るとは思わなかったぞ」なんて爽やかに笑う。
UMAですか。もはやどうでもよくなってきましたよ。しかもこの課の社員が皆声を殺して笑ってるのがバレバレだし。ていうか仙子さん、自分でやっといて酷くね?
「おー、スマンスマン。私が七松だ。係長だがこの課の実質の責任者なんだ。何かあったら私に報告するようにな」
七松係長は人の話を全く聞かずに自分の席へと戻る。主任の平さんが報告は口頭でなく「必ず文書」にするようにと耳打ちしてくれた。平さんは結構、細やかな気遣いが出来る人だ。
それにしても、さっきから次屋君が見あたらない。そのことを時友君に尋ねようとしたら、先に気付いた平さんが内線で何処かへ連絡していた。
暫くすると誰かを叱りつける声が廊下に響き、ドアをノック音がそれに続いた。
「失礼します」
規律正しい声と共に扉が開くと次屋君を「連行される宇宙人」のように連れた礼儀正しそうな青年がいる。
「いつもいつも、すまないな、富松」
「いえ、偶々見付けた時に平主任から連絡があって…」と言いつつ私を見てげっと驚いた顔をする。正直でよろしい。私は開き直った。
「あの、時友さん。富松さんって…?」
「富松先輩は次屋先輩と同期で総務部の人で、社内では通称、捕獲係(ハンター)っていわれてるんです」
おっ、癒しスマイル発動…いやいや、何です、その捕獲係って。
「実際にあるんじゃないよ、次屋先輩と神崎先輩限定でね」
「僕が言うのも難だけど、その二人…」
まさか出来てるんじゃないよねー、いや冗談ですって。時友君、引いてるし。
「ものスゴイ方向音痴なんだ」
ちなみに次屋先輩が無自覚の方向音痴、神崎先輩が決断力のある方向音痴と言われてるの、と時友君はいう。
無自覚の方向音痴!だからなのか!と合点がいく。頭の上で豆電球が光った。
だから次屋君の取引先は皆こちらへ出向いてくれるんだ。次屋君を待ってたら、いつまでたっても仕事が終わらないもんね。本当に気の毒だ。
時友君の話だと富松君は社内を結構自由に動ける人らしい。覚えておこう。そういう人こそ何かあるかもしれないし、と脳内にメモっておく。
この迷子のお預りの件で私の第一日目は終了した。
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壁に貼られた透明シートの謎が解明された