営業第一課 1
表向き人事部所属の籐内美ちゃんの案内で私は最初の調査へ向かった。でも道中、思いっきり彼女の引き立て役なのがしょっぱい。行き交う社員がチラチラ籐内美ちゃんと私を交互に見るけど絶体に自意識過剰なんかじゃないと思う。しかもチラ見の中身が違うと今の私は断言できるし。
「まずセクハラ疑惑のある営業第一課からお願いね」
「はい」
扉の前にいると飄々とした不良っぽい気だるさのある割とカッコいい青年、まぁ社会人にもなって不良もクソないけど、その彼が籐内美ちゃんに声をかけてきた。
「よう浦風、久しぶり。用って何?」
籐内美ちゃんは手のひらで私を示すと表情を崩さずに言った。
「今日から繁忙期補助で一課に入る七紙(ななかみ)奈々子さん」
初めて私のことに気付いた彼はギョっとした。
「コレ…何?」
超失礼って既にセクハラ?!と思ったけどガラスに映る自分を見て納得する。今更だけどメイクの威力ってスゴイ。しかも私の場合は逆の意味でというのが悲しい。気を取り直した私は挨拶した。
「七紙奈々子です。よろしくお願いいたします」
「おぅ、よろしく。次屋三之助です」
意外にアッサリした感じの人らしい、握手を求められたから私も応えた。それにしてもクラシックなお名前。
「んぁ、俺以外にも沢山いるぞ。変な名前集めるのが会長の趣味らしいな」
なるほど、時代ががった名前を集めてるのか。本人も大川平次渦正だしね。
「じゃ私はこれで」と籐内美ちゃんが帰っていった。次屋君は楚々とした籐内美ちゃんの後ろ姿が見えなくなるまで目で追っていた。
「アイツ同期なんだ」
彼は私に向き直ると少し照れくさそうにこめかみを掻いた。彼女おしとやかな感じだし綺麗だもんね。私が男で彼女と同期だったら間違いなく惚れてるね。分かる、分かるよ、次屋君。
私は意を決して次屋君の後に続き部屋に入った。室内は忙しそうに電話が鳴り響き皆あたふたと働いている。そのせいか誰も私に注意を向けないので私は拍子抜けしてしまった。
部屋を見回すと壁には月間目標額やら達成度別のグラフ、よく分からない女性タレントの水着カレンダーの他に、所々透明なウレタンシートが貼ってあった。
「七紙さん。主任からこれをやるようにって」
予備のパソコンを指定された私は次屋君から請求書をチェックし順次打ち込む作業を与えられた。意外だけど、ここの会社はオンライン化されてないのね。
「こちらの課長さんは?」
「あぁ七松係長?今外回りしてる」
怪訝な顔をする私を見て次屋さんは気付いたようだ。
「営業部は一課から三課迄あるけど、うちは課長がなくて次が部長なんだ」
銀行みたいですね。ここ一課は法人営業だからストレス度も高いしセクハラやむなしって感じかも。かといって私も見逃す訳にはいかないし。なんて考えながら伝票を手に取ると、突然、次屋さんの携帯が鳴った。
「どうも〜次屋ですぅ!いつもお世話になっております…いぇ先日はわざわざお越し頂いて…」
不良っぽい外見とは裏腹に社会人としてきちんと応対してるのが当たり前だけど意外だったり。しかも電話でお辞儀してるし。
「いぇっ、もうっ。本当に申し訳ないです。こちらから伺うべきところ…えぇ、そうなんです。逆に時間が掛かるからと仰って…」
どうやら得意先かららしいんだけど。でも何だか、んんん?!
「や、ホント助かりました。今度一緒にお昼でも、えぇ、ハイ。また来て頂くなんて、ありがとうございます。では場所等は追ってメール致しますので。ハイ、では失礼いたしますぅ」
パシャリと携帯を閉じる。
営業なのに先方が来るんですか、と尋ねると次屋君が答えた。
「どの取引先も外出のついでとかランチの後だとかつって、自分が来るって言い張るんだよな」
ふーん。
「俺、平主任に部屋から出んなって言われてんだ」
ションベンどーすんだよー、なんてブツブツ言ってるし。レディの前でションベンなんて…あ、私は女子にカテゴライズされてないのね。何だかちょっと悲しい。ついでに「主任さんは?」と次屋さんに聞けば、「時友と外回り」と即答した。体のいい留守番ってわけか、と一人納得する。