油断してたら 5
私は出来るだけ遠い目をしてあの日を思い出すかのように語りだした。
「竹谷代理は私が中途採用だとご存知でしょう?だからもう必死だったんです。既に前の会社辞めちゃってたこともあって」と、私は頑張って身振り手振りを交えて嘘面接を演出する。
『……では七紙さん、この趣味特技欄にある変装ということですか?』
『はい、その通りです。化粧その他小道具で別人に成り代わります』
『ほう、是非この場で見てみたいのう…』
山田常務から宴会芸でも何でもいいから一芸がないかと質問された際、変装が得意だと答えたこと。するとその場でやってみろという話になり、時間を貰って会長その他に披露したこと。
『……ひぃ、はぁ…笑い過ぎて息が苦しいわ。気に入った!採用じゃ!ただし……』
『採用は変装後の七紙さんじゃ!!』
一同が驚きのあまりどよめいたこと。
『試用期間の間、変装がバレずに終われば素顔の七紙さんを本採用にする!』
大ウケした会長の一存で変身後のルックスが仮採用になってしまった、という事の次第を竹谷代理に伝えた。
話し終わった私は精一杯切ない、自分ではそのつもりの表情を作ると弱々しく微笑んだ。そんな私に竹谷代理は斜め上を見上げながら、またもや片手でバリバリと頭を掻いた。私の処分をどうするか考えあぐねているのだろう。「…ったく、どうすりゃいいんだよ」と小声で呟くのが聞こえる。
───そろそろだめ押しか。
「到底、信じて頂けないのは重々承知しています」
すると竹谷代理はギョロリとした目を更に見開いた。
「い、いや、そんなことはねぇんだけどよ」
喋り方が素に戻っていて吹き出しそうになるのを堪えてうつ向く。
「うちの会長のことだからな…。何を言い出すか俺たちには想像もつかねえし…」
「そうだ!」と何が閃いたのか竹谷代理は手のひらをポンと拳で叩いた。昔の漫画でお決まりの動作をする人が本当にいたんだと軽く驚く。竹谷代理は私に付いてくるよういうと先に立って歩きだした。
よく分からないまま幾つか角を曲がりとある窓の前までたどり着くと、竹谷代理はポケットから携帯を取り出した。どうやらここは電波が入るらしかった。
「……新規事業部の竹谷で…おー三郎、久しぶり」
だが私は不味いことに気が付く。私が話した設定だと人事に確認されれば話の持っていき方次第で採用話がぶち壊しになってしまう。今後竹谷代理と顔を突き会わせる度に嘘話を取り繕わねばならなくなるのだ。私は慌てて竹谷代理のYシャツをクイクイと引っ張った。
すると竹谷代理は話しながら笑顔で私の方を振り向いた。でも私が必死の形相で訴えかけても何も感じないのか、いいからお前は心配すんなと言わんばかりに大きな掌でぐりぐりと頭を撫でてくる。
───違う、そうじゃない!
「あのよ、三郎。個人的に…同期の竹谷として確認したいことがあってな」
電話の向こうで『なんだよ個人的にって』と応える鉢屋さんの面倒臭そうな声が響く。
「七紙さんと八神さんと会長のことなんだが…」
すると一瞬間があいて鉢屋さんが不愉快そうに唸った。
『あのな、八左ヱ門。お前、私ら人事を信用してないのか?人事の連中の目は節穴だっていいたいのか?!』
「いや、何もそこまでいってねえし」
『じゃ、なんだ?ロクでもない人材入れたって言いたいのか?』
「いや、そんなことはねぇ…けどよ」
『私たちが妙な奴入れるわけないだろーが。シノビの人事部だぞ。下手な調査会社より優秀なのは知ってるだろ』
「……だよな」
竹谷代理がたじたじとなる。よかった、鉢屋さんなら察して上手くまとめてくれるだろう。尾浜さんでもいいけど後からフォロー入れた分の見返りを要求されそうで、その点鉢屋さんなら安心だった。もっとも後から小言を頂戴するのは二人とも大差ないけど。
『八左ヱ門がどう思ってるか知らんがな。鉢屋三郎個人の意見をいえば…』
私は胸を撫で下ろした。
『私は可愛い女の子の味方だ』
なんか今怪しい発言が聞こえたような。
「…だよな。そうだよな!」
えっ竹谷代理はそれで納得しちゃうの?!
『だから八左ヱ門、私はお前からの電話は受けていないし何も聞いていない』
「……おぅ、わかった」
さすが鉢屋さん、ちゃんと口止めしてるし。まあ竹谷代理がそれを察してくれたらって話だけど。
『会長の気紛れは八左ヱ門もよく知ってるだろ?私だっていつも混乱させられてるんだからな』
「ああ、そうだったな。おぅ、納得した!ありがとな、三郎!」
竹谷代理は晴れやかな顔で電話を切ると改めて私に向き直った。
「安心しろ、七紙さん?…でいいんだよな。俺は何も言わねえしよ」
ありがとうございます、と私は頭を下げた。これでいいんだろうかと思いながら。
「黙っててやるから代わりに付き合えなんて言わねえから」
───やっぱり考えてたのか…。
油断も隙もありゃしない。私は一応恥じらいの笑みを見せながら、笑顔で一歩近付いた竹谷代理から一歩後ずさった。誰が見ても快活な笑みにしか見えないだろうに、今の私はそこに裏があるのではないかと勘ぐってしまう。ああ、帰りの車が面倒。最寄り駅で降ろして貰おう。
「一つだけ頼みたいんだ、明日…」
───明日、何です?『飲みに行かねえか?』ですか?
「明日は朝から一日その姿でいてくれねえか?」
どう答えようか言葉を探していると竹谷代理はニカッといつもの爽やかな笑顔に戻った。
「じゃ、明日よろしくな」