闇に消える A
微グロ、少々流血、小エロ注意
「悪ぃな、鍵壊しちまって」
誰にも警戒心など抱かせない笑顔。申し訳なさそうに眉を下げて彼がいう。もしかしたらこんな時は、昔のハチに戻っているのかもしれない。
愉快に冗談をいって二人で遊びに出かけた記憶。思い出せば切なさで胸が苦しくなる。私達は一体どこで何を間違えたのだろう。
「心配だから、やっぱ俺、今日は泊まってくわ」
さらに眉を下げながらでハチが私を覗きこむ。心から案じてくれているのだろう、そう思いたい。
でもチェーンは切られたけど、まだ鍵は辛うじてかけることが出来た。泊まらなくていい。お願いだから帰って欲しい。
「奈々を驚かせちまったもんな」
「ごめんな」といって私を抱き締めようとするから、私はその腕を避けると身を固くした。きっと私の顔も強張っているのだろう。途端にハチは悲しそうな顔をする。
「俺だって本当はこんな手荒なこと、したくなかったんだぞ」
嘘だ。ハチはいつも怯えた私が何とか逃れようともがく姿を、この上もなく愉快そうに眺めているのに。
「なあ、奈々はそんなに俺のことが嫌なのか?」
私は何も答えられなくて俯く。肯定しようが否定しようが、結末は判で押したようにいつも同じだから。
「なあ…奈々、何かいってくれよ」
───ああ、今から始まる。
見てはいけないと思うのに、いつだってこの瞬間に顔を上げ、次第に形相を変えてゆくハチを冷静に観察してしまう。この態度が火に油を注ぐようにハチの何かに火をつける。
「奈々っ…!」
ハチは私の肩を両手で掴むと、そのまま床に押し倒して私に馬乗りになる。上から私を覗き込む闇色の瞳の奥は、怒りと欲情をない交ぜにした激しい熱を帯びていた。
これを狂気というのだろうか。私は目の前で起こる出来事をまるで他人事のようにぼんやりと眺めていた。
ハチは口角を歪め邪な笑みを見せると、そのまま噛みつくように私の首筋へと口付けた。苦し気に眉を寄せじっと痛みに堪えていると、ハチは満足そうに目を細めて荒い息を吐いた。
湿った唇がようやく離れて私が安堵の吐息をもらせば、痕を付けた箇所をゆっくりとなぞるように彼の舌が這う。痛みがピリッと肌を走った。
───ああ、また。噛まれた。
唾液と混じりあった温く薄赤い液体が首を伝って床に落ちる。
「悪ぃ、興奮しちまって…つい…」
ハチは形だけ謝ると片側の頬だけゆるりと動かした。それが何とも酷薄な微笑みに見えて、私は身動き一つ出来なくなる。呼吸の仕方さえ忘れてしまいそうだ。そんな私を見遣ったハチは再び心底冷酷な笑みを浮かべた。
「だから奈々は俺の傍にいりゃいいんだ」
急に真顔に戻ると誰に言う訳でもなく呟く。
「大事にしてやる」
ハチは私を抱え上げベッドまで連れていくと、まるで壊れ物を扱うかのようにそっと横たえた。私の着ていた服を粗方剥ぎ取ると、熱い身体で私にのしかかり、さも愛しそうに髪を頬を撫でていく。
───ああ、この人はなんでこんなに必死な顔をしているのだろう。
柔らかな唇で愛撫されても、人形のような私はただハチの重さだけを感じていた。