真相 A
ドンッ……ドンッ……。いつまで続くのだろう。ドシッ……ドシッ……。そのうち扉に穴が開いててしまうんじゃないだろうか。
強い力で玄関の鉄扉が叩かれる。私が無視するとそれはより一層しつこくなって激しさを増していく。扉の向こうに誰がいるのか私は知っている。だから絶対に開けられない。開けてしまえば最後、私は殺されてしまうだろう。
一分一秒でも早く逃げなければ。誰か助けて、そう思っても誰も助けてはくれない。誰も私の話を信じてくれない。私は震えながら一人玄関に続く廊下で立ち尽くしていた。
ガチリと音をたて、とうとう鍵が壊される。少しだけ開いたドアの隙間からあの人の笑顔が垣間見えた。私以外の人にはこれが溌剌として底抜けに明るく屈託のない笑みに見えるのだろう。
でもこの鬼気迫る凄い笑顔は間違いない。彼が死ぬほど怒っている時の顔なのだ。私の目にはその笑顔が限りなく残忍に映る。
こじ開けられたドアをかろうじて繋ぎ止めている頼みの綱は、この頼りないドアチェーン一本だけだ。だがそれさえ隙間から差し込まれた専用のカッターでいとも簡単に切られてしまう。
ベランダ伝いに逃げようか。でも、この高さでベランダを乗り越えるのは危険すぎる。それにお隣に逃げたところで、あっさり彼に引き渡されて終わりだろう。どう動くのが一番得策かと私の頭はフル回転した。
彼がドアノブを引いた。その瞬間、私は渾身の力を込めてドアに体当たりをし、後にいた彼を扉ごと突き飛ばすと、地上目指して非常階段を駆け降りた。
下りと言えども息が上がって苦しくて堪らない。マンションの上階に住んでいることを、これほど呪ったことはなかった。
ぐらつく膝を自分で励ましながら、やっとのことで一階のロビーまで降りて来たものの、必死だった私は携帯も財布も持っていない。それどころか裸足で逃げてきてしまった。今からどうしよう、とりあえず交番へ飛び込もうか。極僅かの間、私は逡巡した。だがそれがいけなかった。
エレベーターが開いて中から彼が降りてきた。私は恐怖のあまり言葉にならない悲鳴をあげて入口から走って逃げようとした。が、外に出てすぐの所で彼に捕らえられてしまった。腕に食い込む彼の指が痛い。振りほどこうとどんなに暴れても、彼は私を掴んだまま離さなかった。
悲鳴を上げる私に何が起きたのかと訝しがる通行人へ、人の好い笑みを浮かべて彼が会釈をすれば「なんだ、痴話喧嘩か」とあっさり納得されてしまう。助けて、どんなに私が声を張り上げようと、困った顔の彼が周囲の人に頭を下げれば皆彼を気の毒に思うのか「大変ねぇ、お気の毒に」と去ってしまう。
結局、その場に彼と私の二人だけが取り残される。彼は私に向かってニカリと酷薄な笑みをしてみせた。
今夜、どれほど酷いことをされるのだろうか。