出かけよう 2


「な…何だよ、小晴。お前…謹慎中じゃねえのかよ」
「授業に出られないだけで部屋を一歩も出ちゃいけないなんて言われてません」
「何だと?!」
「アンタこそ何しに来たの」
「小晴、テメエこそここで何してんだよ。まさかまた何か企んでんじゃ…」
小晴は八左ヱ門を軽く無視すると穏かな顔つきで深雪に別れを告げた。
「では、また来ますね」
ひきつった顔の深雪が小晴に手を振ると、小晴は弾むような足取りで艶やかな黒髪を揺らせながら遠ざかっていった。

小晴が去った後には放心状態の深雪と、その顔に不信感をありありと漂わせた童子が残されている。八左ヱ門は深雪に駆け寄った。
「大丈夫か?一服盛られたりしてねえか?」
「大丈夫、何もないから」
深雪が疲れた様子で八左ヱ門に返すと童子が不愉快そうに八左ヱ門を見上げた。
「お前、何しに来た?」
「深雪に用事があんだよ」
八左ヱ門がいつもの年下に対する癖で童子の頭をぐいぐい撫でてやると、驚いた童子は慌てて後に飛び退いた。
今まで自分に対してこんな畏れ多いことをことをする人間などいなかった。だが不思議と不快な感じはしなかったから、童子は八左ヱ門の首を即刻刎ねることを思い留まった。むしろ撫でられると心地良かったので、もっとそうして欲しいとさえ感じた。
これは一体何なのだろう。河原から自分を拾い集めてくれた深雪には感謝と恩を感じているし、その自分に五体と生命を与えてくれた利兵衛様には何をおいても忠誠を尽くすつもりだった。でもことの外深雪とはいつも一緒に居たいし誰にも取られたくない。それは「好き」という感情の一つの形なのだと利兵衛様は教えてくれたが、この雑巾みたいな頭の男のことも自分は好いているのかと童子は不思議に思った。

「ならいいけどよ。小晴の奴、一体どういう風の吹き回しだ?」
深雪は左右に首を振った。
「見当もつかない。けど『好き』と『嫌い』は、どちらも同じ位の大きさで相手を意識してることに変わりないわね」
「なるほどな」
八左ヱ門は感心したように小鼻を掻いた。
「何かの切っ掛けで、その方向がぐるりと変わっちまうこともあるのか?!」
「そう、かもねえ。彼女が何考えてるのか、まだよく分からないんだけど」
童子はあの女も深雪が「好き」なのだと理解した。だったらいずれ排除しなくてはと考える。そういえば、最近よく見かけるようになったこの男も深雪が「好き」なのかもしれない。だがこの男を排除しようとは今のところ思わなかった。

八左ヱ門が深雪の横にどかりと腰を下ろしたので、童子はいつも利兵衛や深雪にそうするように、ものは試しと八左ヱ門の膝にもよじ登ろうとした。八左ヱ門は童子を助けて彼の脇の下に手を差し入れると、胡座で座る脚の間に降ろしてやった。童子は腰を落ち着けようと暫くもぞもぞと動いていたが、やがて具合の良い位置を見つけたのか八左ヱ門の股の間にちんまりと納まった。
深雪と違ってどうも座り心地が固いものの、がっしりとして胸も広いし安定感があるから悪くない。童子は八左ヱ門の胸元に顔を埋めてスンと臭いを嗅いでみる。こいつからは人間の臭いがぷんぷんとする。でも逆に自分が遥か昔嗅いだことのあるような、どこか安心できる匂いに感じられた。童子はその奇妙な安心感に眠気を覚えたのか、程なくうつらうつらと船を漕ぎ始めた。

次第に重みを増したその小さな塊を八左ヱ門は一瞥するものの、昨夜見た妖かしの子供と今股座で眠りこける子供とではどうにも結び付かない。昼と夜では違うのだろうかと八左ヱ門は優しく背中をたたいてやりながら、もたれ掛かる童子の温もりを感じていた。

急に何かを思い出したように目を見開いた八左ヱ門は深雪の方を向いた。
「そうだ、町へ見物に行かねえか?俺達皆でだけどな」
深雪は三郎のことを思い出してどきりとした。

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