その傍らで 3


話が進むうちに深雪と小晴のやり取りは、日頃の三郎や八左ヱ門逹との会話では尋ねられない身の上話になっていた。内容が内容で質問している小晴の方が逆に恐ろしくなってきたのか蒼白になっている。だが深雪とそれなりに付き合いのある三郎と八左ヱ門にとっては、ある意味想像の延長線上の話で互いに顔を見合わせては苦笑した。もっとも仮に二人が話をできる状況だったとしても、そうしていたかもしれない。

表面上は苦笑いする八左ヱ門だったがそれとは裏腹に、心は鈍い痛みで疼き始めていた。薄々気付いていたが、深雪がこの世の人間ではないと本人の口から聞いた以上、いつかは生まれた世界に帰ってしまうことを今、改めて思い知らされたのだ。
利兵衛は気まぐれだから、ある日突然思いつきで深雪を帰す気になるかもしれない。そうなれば八左ヱ門はもう二度と深雪に会えなくなってしまう。それ以前に今の居場所、この忍術学園に飽きれば明日にでもここから出ていくと言い出しかねなかった。
そんなのありかよ。これまで一度もゆっくりと、例えばくノ玉みたいに街の団子屋なんかへ出掛けたことすらねえのに。いや、願わくは、無理かもしれないけど二人で…。八左ヱ門は唇をぐっと噛み締めて深雪を見つめながら、回り込んできた月明かりに入らないようそっと位置を変えた。

依然として三郎は八左ヱ門へ時折目をやって彼を見張りながら、注意深く深雪と小晴の会話を聞いていた。実のところ三郎は前々から利兵衛が深雪の本当の祖父ではないと見当を付けていた。今、深雪だけは人間だと分かったものの、本来交わることのない世界から深雪を連れてきた上、何者も利兵衛の申し出を断れないとはどういうことだろう。もしや学園長もあの爺さんの要求を拒めなかったのか。
三郎は自分を落ち着かせようと細く長く息を吐いた。八左ヱ門の意見も聞きたいところだが矢羽根を使うと小晴に気付かれてしまう。八左ヱ門は意思の強そうな眉をきりりと上げて鋭い眼差しで木立の前に立つ二人の女を見据えていた。



突拍子もない深雪の申し出に、それ以降小晴は黙り込んでしまった。言わば深雪も利兵衛も自由人だから彼等への憧れはもちろん三郎や八左ヱ門、特に束縛を嫌う三郎にはよく分かる。
だが、傍から見ているのと自分がその状況に置かれるのは大違いで、いざ共に行くとなると多大な決心が必要なのは察せられた。何故なら深雪のように地縁血縁を全てを捨て去る必要があったからだ。もっとも深雪の場合は利兵衛によって強制的に捨てざる得なかったのだろうが。
例えくノ一や忍者であっても帰る家や帰る家族、帰る里や居場所がある。時には雁字搦めに人を縛り付け残酷な運命を強要する地縁血縁は、時としてその人物の身を守る盾となる。小晴もようやくその意味が分かったのだろう。同時に深雪の立場がさほど羨むほどのものではないとも理解できたのだ。
おそらく今後は命に関わるような嫌がらせはしてこないだろうと三郎はほっと胸をなで下ろし八左ヱ門の方を向くと、八左ヱ門もそう感じたようで黙って三郎へ頷いてみせた。

そのうち何故か小晴が段々と落ち着きをなくし、きょろきょろと視線を彷徨わせては深雪と例の水干童子を交互に見るようになった。それに気付いた深雪が慌てたように小晴に声をかける。
「小晴さん、もう行きなさい。早く!」
白粉を塗った童子は月下にいるせいか益々肌の白さだけが浮き立って一種異様な感じがした。なので小晴の様子もやむなしかと三郎も思った矢先だった。

深雪に抱き上げられた童子がくるりと振り向いて三郎と八左ヱ門のいる蔵と蔵の間の暗がりをじっと注視してくる。童子が瞼を閉じ再び見開いた瞬間、射るような瞳が爛々と金色に輝き、三郎と八左ヱ門は危うく悲鳴をあげそうになった。
童子がニッと笑うと紅を引いた可愛らしい口元から不似合いな牙が覗く。思わず息を止めて気配を消そうとするが冷たい汗が首筋を伝い心臓がどくどくと早鐘を打つ。その音があまりに大きく感じられて横にいる相方に聞こえるのではないかと、どちらともなく互いに顔を見合わせた。
深雪の声で我に返った小晴は既に逃げ去ったらしく、すっかり気配がなくなっている。童子は八左ヱ門達に飽きたのか、また向き直ると深雪にしがみついて甘えるように頬擦りをした。

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