呼び出されて 1


ほどなく真夜中を知らせる鐘が鳴るだろう。それが約束の時間だった。だが利兵衛はさして心配はしていないようで、それもあって深雪は待ち合わせ場所へ行く決心をした。どのみち利兵衛の気が変わらない以上、当分の間ここ忍術学園にいることに変わりはない。また、時間の経過で事をうやむやにする相手でもなかった。
考えた結果、念のため利兵衛の遣う童子を連れてゆくことにした。正確には利兵衛が連れていけと言い張ったのだ。この童子は必要なこと以外を喋らないが深雪達には忠実な僕だった。だから万が一、向こうがその気なら不本意ながら深雪も対抗させて貰うつもりでいた。
勘が鈍るから夕食は食堂のおばちゃんにいって軽めにして貰い、充分に身体を休めた。最近では十日に一度の見回りでもここまでしていないのに、こんな下らないことの為に万全を尽すとは、と深雪は滑稽に思った。


満月とまではいかないものの今日は欠けた月のある晩だから夜目の利かない深雪に多少の助けとなる。夜間鍛錬の生徒に見つからないよう祈るような気持ちで深雪は倉庫の立ち並ぶ一角の裏手へ向かった。学園の敷地は広いから、昼間に一度来て、この場所を確かめておいて良かったと痛感する。
深雪の数歩先をゆく童子が高下駄でひょいひょいと跳ぶように歩けば、それに合わせて低めの位置で一つに束ねられたあまり長くない髪がぴょこぴょこと尻尾のように跳ねる。その度にふわりと広がる童子の白い水干が弱い月明かりに照らされてぼんやりと光る。その後を少し遅れてゆったりした歩みでついてゆく幽鬼のような深雪の姿。事情を知らない者が見ればさぞかし不可思議な光景だろう。
「深雪様、誰やら後をついてきておりますよ」
紅をさしている童子のふっくらとした唇が抑揚のない声音に合わせて動く。
意識がすっかり小晴の方へと行っていたからだろう。後を追ってくる存在に全く気づかなかった。言われて深雪はそれの悪意を探ろうとするが懐に入れた小晴からの文の気が強すぎて辿れない。文を離して地面に置いても結果は同じだった。
「それは悪意の塊?」
「いえ、ただ在るだけ。今は一所に留まっています」
そうなの、と深雪は己の靄のかかる感覚に舌打ちをした。白い上衣を着ているからあまり意味はないだろうが、深雪は大木の影に入り月明かりに照らされないようにした。まだ小晴の姿も気配もなく深雪は大きな溜め息を一つついた。


「こんな所で何してるんだよ」
「さっ、三郎!」
「今夜は帰らないんじゃなかったのか」
三郎は八左ヱ門の姿を見かけたので見つからないよう一旦気配を消した。だが、早めに追い払うほうがいいかと改めて八左ヱ門に声をかけたのだった。
「あの子はどうした…って、ま、聞くだけ野暮か。体よく追い返されたってとこだな」
三郎はお得意の上から目線を投げかけると、わざと余裕たっぷりの態度で八左ヱ門を刺激した。
「三郎こそ何だよ。こっちはくノ玉長屋と方向が違うんじゃねえのか?」
「いつも同じ場所で逢い引きするなんて芸がないだろう?」
ニヤリと暗闇で笑った気配を三郎はわざと隠さなかった。さしずめ八左ヱ門は強引に迫って泣かれたか嫌がられたかのどちらかだろう。三郎の嫌味に八左ヱ門は大いにムッとした。
「じゃな、ハチ。帰ってふて寝でもしてろ。そのうちいいことあるだろうしな」
いうが早いか三郎は再び夜の闇に姿を消した。だが別れた直後から完璧に気配を消した三郎に八左ヱ門は異変を感じた。三郎の後をつけてやろうと行き先を変えたのはほんの出来心からだった。

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