六年のくノ玉 1
昨日のことがあるから今夜は人がいる間に風呂へ行くほうがいい。今日も三郎が助けてくれるという保障なんかどこにもない。仕方なく深雪は年頃の少女で込み合う女湯へと向かった。
珍しい者の登場に風呂場にいたくノ玉達が一斉に深雪を見る。見知った顔もそうでないのも皆興味津々といったところか。だがよく見ると中には深雪に向かって気の毒そうな顔をするものが少なからずいたことが意外だった。
「お久しぶりですね」
一人の少女が声をかけてきた。ふり返ると、くノ玉二年のトモミだ。トモミは深雪にだけ聞こえるくらいの声で囁いた。
「あの…気を落とさないで下さい。先輩、悪い人じゃないんですけど…」
「けど?」
「正直、みんな困ってて…あの、深雪さんに向かったから助かったっていうか…その」
「あぁ、そういう意味ね」
口だけで笑んでみせるが深雪の心中は複雑だった。くノ一は女中に化けて敵方に潜り込むことも多いから、女の集団の中で当たり障りなく目立たぬようにやっていけなくては務まらない。生徒同士のいざこざもその訓練を兼ねているのだろうが、どのみちシナが気付いていない筈はないのに何ら手を打たないとは。
「あの…みんな解ってますから」
「理由なんかないってこと?」
「いえ、理由はあります」
「忍玉とか?嫉妬?」
深雪がそういうとトモミは驚いたように目を見開いて首を僅かに傾けた。
「たぶん違います。先輩は忍玉に興味ないんじゃないかと…」
一年生がトモミに話しかけてきた。深雪とトモミは聞こえるか聞こえないほどの小声で話していたから無理もない。深雪はその一年生ににっこり微笑むとその場を離れた。
髪を洗い湯槽に浸かる。うーん、とうっかり声が出そうになるが今日は人が多いから途中で留めた。
横にいたくノ玉が深雪に向き直り「六年のイトです」と名乗った。
「さすが身体が大人ですねえ。最初はどこかのくノ一かと思ったんですよ。でも全然肉がついてないし違うかなって」
いきなり小声になると彼女はニヤリとした。意地の悪い視線が浴槽に沈む深雪の身体を上下する。
「やっぱり使えるものは全部使うの?」
深雪はうんざりした気持ちでイトを見遣った。この時代に来て以来お決まりの台詞だから大して驚きはしないものの、それがこんな小娘の口から出たことに内心で驚く。
「それはしたことがない。私は祖父の傀儡みたいなものだしね。どうしてそう思うの?」
「あら、巫女姿を採る旅の女って大抵そうだもの。それに後から見た体つきがね…」
深雪は目を見開いた。別段、巫女姿だからどうのと言われること自体に抵抗はない。事実旅をする巫女の中にはそういうことをする女もいるからだ。だが問題はその後に続く言葉だ。まだ十五と言うべきか、もう十五と言うべきか、しみじみ女の目は怖いと思う。もっともここで十五歳といえば、もうお年頃の立派な娘さんだった。
イトは期待に満ちた眼差しで湯槽の縁に両肘をついた。
「傀儡なら…命令されたら身を売るんですか?」
深雪は瞬きもせず、じっとイトを見つめ返した。決して怒っているのではないが、自分でも表情が消えていくのがよく分かる。
「ずっと一緒にいるけど今まで命令されたことはないし、自ら同衾したこともないわね。そんなことをするより祖父の口車の方がずっといい稼ぎになるもの」
「ふうん…そっか」
「期待外れだった?噂を確かめたかったの?」
ええ、まぁ、とイトはつまらなさそうに唸った。が、すぐにその声音が変わって明るいものになると、深雪にぶすりと突き刺さる一言を放った。