夜更けの湯浴み 1


※対人的直接描写はありませんが苛め表現があるので注意


そのくノ玉は現在五年生、名前は小晴。凛とした雰囲気の優等生で、色白に切れ長の瞳が涼しく、長い睫毛と豊かな黒髪を持つなかなかの美女だった。
三郎によると、しっとりと落ち着いた感じが男性の征服欲を掻き立てるらしい。もっとも、それさえくの一の術だそうだから、なかなか強かな娘だといえる。小晴の狙いは深雪への嫌がらせに他ならない。例え教師達と彼女の思惑にずれがあろうと、教師を動かしたことでさぞかし良い気分でいることだろう。

それにしてもあの娘に妬まれるようなことがあっただろうかと深雪は首を捻る。とにかく自分と関わった異性、口をきいたことのある忍玉と教師を思い出そうとした。
三郎に小晴の好みを尋ねた結果、一、二年生男子は考えにくい。妥当な所で五、六年とすると、深雪は三郎、勘右衛門、八左ヱ門と時々話をする。そこに雷蔵と兵助を加えた仲良し五人は大抵一緒にいるから、傍目にはこの目立つ五人皆と親しく見えるだろう。
他は夜間に出くわした文次郎、小平太、長次の鍛練組、四年生の髪結いタカ丸、三年生では生物委員の孫兵。
後はくノ玉に人気があり話したことのある教師は土井半助くらいか。後は木下鉄丸、山田伝蔵などだが年齢差と年頃の娘の憧れを考えて却下した。
傍目に分かり易く態度に出ているのは八左ヱ門だけだ。だが八左ヱ門と話をしていて小晴の気配、薄黒い悪意が見えたことはなかった。小晴でなくともそんな気持ちを深雪へ向ける者がいればすぐに気が付く。妬み憎しみといった感情は生成りとなってその対象にまとわりつき痛みを発する。とすると単に異質な自分が目立つから、うっとおしいだけなのかもしれない。

三郎とそんな話をしたこと思い返しながら湯船に身を沈めた。深雪はいつもくノ玉達が大方入った後で風呂に入ることにしている。だからこんな時間に女湯へ来るものは少なかった。
不意に深雪は脱衣場の辺りが気になった。そちらに注意を向けると気配はあるが劣情はないから男ではないようだ。一瞬嫌な何かを感じたがそれは直ぐに風呂場から出ていった。無防備な裸の時に何かされやしないかと戦々恐々としていた深雪はほっと一息ついた。
だが風呂から上がってみれば……。

「あのガキっ」

やられた。ほくそ笑む小晴の顔が脳裏に浮かぶ。全く女はやることが陰湿だ。もっともくの一としては褒められるべき性質なんだろうが。
深雪は着替えに撒かれた汚物を前に途方にくれた。ご丁寧に洗っても着られないようどれも切り裂いてある。今、深雪の手元にあるものといえば、身体を隠すにはあまりにも頼りない手拭い一枚で、これではどうにもならない。
このまま深雪が朝まで風呂場にいれば、掃除に来た小松田秀作が見付けてくれるだろうが、どのみち恥をさらすことに変わりはなかった。仕方なく汚物を流そうと着替えを手にしたときだった。

引き戸に手を掛け力を入れる音がした。小晴が男をそそのかし深雪を襲うよう仕向けたとしたら、一貫の終わりだ。深雪は無駄な抵抗と知りつつも身構えた。
少しだけ戸が開く。
「お嬢さんがお探しのものはコレですか?」
人を喰った台詞と共に隙間から青紫の袖が突き出されると、それは手に持つ小袖をヒラヒラと振った。
「三郎?!」
その手はそっと衣を落として、そろりと引き戸を閉めてしまった。深雪は床の単衣を恐る恐る拾い上げ広げてみるが特に変わったところはない。既に身体は乾いていたから急いでそれを身につけた。少しだけ丈が長いから三郎の夜着だろうか。
聞きたいことは山ほどあるが扉を開けるのも恥ずかしい気がして、深雪は脱衣所の内側から三郎に声をかけた。

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