嫌な噂 1


三郎から話を聞けば聞くほど深雪は唖然とした。その三郎とは偶然生物委員会の菜園脇にある倉庫の前で先程出くわしたのだ。話の内容はこんな具合だった。

一、行く先々で金持ちと寝ている
一、妾になり金品を貢がせる
一、本当はすごく年増だ
一、忍玉と寝て精気(若さ)を吸い取っている
一、本当の姿は妖怪

等々この他にも下らない噂が立っているらしい。

「下の三つは笑えるとして上の二つが少々悪質だな」
深雪は三郎に同意しつつ一つは確かに当たっていると心の中で思った。察するに上三つが上級生の間に下二つが下級生に流れたのだろう。
「まぁ信用する奴はほとんどいないだろうが」
下らないと思いながらも、なぜそう考えるのかと三郎に尋ねた。
「深雪は意外に潔癖だろ?」
意外じゃないわよとムッとする。
「それに男慣れしてないしな」
三郎は深雪に近寄り細長い指でスルリと頬を撫でた。指先の意外な温かさに深雪がピクリと反応すると三郎はニヤリと口端を上げた。
「いきなり触られたんだから当たり前でしょうが」
「それに…金目の物にもあんまり興味ないしな」
深雪は先日の琵琶湖の住人からの贈り物を思い出した。そういうことをされるから、あらぬ噂を立てられるのだと先方に文句を言わねばなるまい。面白半分で利兵衛が行かず後家だと深雪を紹介するものだから向こうが是非と熱心になったのだ。この時代の女性の結婚年齢を考えると、確かに行かず後家なのは認める。認めるが相手はせめて人間がいい。
「ハチの奴、深雪が嫁に行っちまうかもってしょげてたぜ」
アイツが食欲落ちるんだもんなと三郎が言った。何でもいつもは丼にてんこ盛りしていたご飯が茶碗一膳分にまで減ったらしい。
「…もうその話は二度としないでくれる」
深雪は思い出したくもないといった面持ちで遠い目をした。道理で最近、八左ヱ門に会わなかった筈だ。きっと彼の方から避けていたのだろう。
『あの爺さんのことだから金に目が眩んで売りかねない』って話になってさと、さも愉快そうに話す三郎が憎たらしい。
「だから私もハチに自分で直接確かめてみろって言ったんだがな」
またもや三郎は半目でニヤニヤした。
確かに金品だけをみればそう思うのも仕方ないだろう。丹念に集められた淡水真珠の珠飾りは数珠だろうか。細工といいそれは見事なものだった。琵琶湖中を探させたそうだ。他にも螺鈿やら金糸の反物やら色々あったが細かい内容は忘れてしまった。
「まぁ今度会ったら否定してやれよ」
可哀想だから三郎から八左ヱ門へ先に伝えてと彼の顔を見れば、頭をポリポリ掻いて明後日の方角を向いた。どうやら放っておくほうが面白いらしい。
「人間ならまだマシだったんだけどねぇ…」
深雪がうっかり呟いたものだから三郎は怪訝な顔をする。突っ込んで詳しく聞かれると困るので無視した。でも頭の良い三郎のことだから勘付いたかもしれない。

「私は大体見当ついてたけどな」
深雪はドキリとした。動揺を見せないよう努めて冷ややかな顔つきを作る。
「噂を流したのはくノ玉のあの子だろ?」
そっちの話だったかと深雪は安堵した。噂に関しては放って置けばそのうち収まるだろうからと答えると三郎が人指し指を立てて小刻みに振った。
「くノ玉をナメると厄介なんだ、気を付けるに越したことはない」
私もどんなに酷い目に会ったかと嘆くが三郎の場合はまず間違いなく自業自得だろう。
「場合によっちゃアイツら命も狙ってくるしな」
深雪はドキリとした。生きている人間がどう思っていようと、ここでは命そのものが軽い。そんな時代なのだ。
「……気を付ける。ありがとう、三郎」
深雪は偶然を装ってわざわざ知らせに来てくれた三郎に礼を言った。では感謝をチューの形でと言ったのは聞こえなかったことにして菜園を後にした。

どうしてくノ玉が自分を標的にするのかと疑問に思うが、女の苛めの原因は大概嫉妬か男絡みだ。深雪はうんざりだとばかりに溜め息をついた。だがそれで終わりではなかった。

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