青紫の企み 3
三郎はもう何度目か分からないが、とびきり嫌な笑みを浮かべて囁いた。驚いてぴくりと身体を振るわせた深雪が、三郎に言われてよくよく気配を探れば確かに幾人かのそれがある。
深雪の顔から一気に血の気が引いてゆく。姿ないものの気配には鋭いが、疲弊すると生きるものの気配が判らなくなる。四方から囲まれた深雪は逃げ場がないと覚悟をした。俄然鋭い顔つきになるのが己でも分かる。場合によっては身を守るために利兵衛の遣い魔を呼ぶことも辞さないつもりで三郎を見据える。だが三郎は深雪の変貌ぶりに慌てたようで掌を向けて深雪を制した。
「大丈夫。襲ったりしない。何で私が胡座になったと思うんだ?」
深雪は信用ならないとでもいうように鋭い視線を三郎へ向けた。
「咄嗟の場合、一瞬応対に遅れる。つまり警戒を解いているということさ。殺るならとっくの昔に殺ってるし、襲うなら寝込みを襲ってる。その方が楽だろう?私はつまらんけどな」
三郎は深雪に向かって不似合いなほど可愛らしく小首を傾けた。周囲の人間が発する「やれやれまたかよ」という雰囲気は、さすがに深雪でも分かる。こんな状況に関わらず何だかそれが可笑しい。すると三郎がぐるりと周囲を見回した。
「まぁいいんじゃないか?どうだ?」
その一言で天井板が、床板が、音を立てて外れ持ち上がった。加えて縁側の壁際からも青紫の少年がひょっこりと現れた。三郎を合わせて全部で五人。その中に今朝方会った八左ヱ門がいる。深雪と八左ヱ門の視線がぶつかるものの、お互い気まずくて直に逸らせてしまう。チラと見えた八左ヱ門の横顔は心なしか赤く見えた。
居並ぶ中には既に見知った顔もあって、人懐っこい面立ちの勘右衛門と深雪は話をしたことがある。それにどこで会ったか綺麗な顔をした少年の長いまつ毛には見覚えがあった。
問題は残る一人。目の前に座る三郎と同じ顔の人物が勘右衛門の脇に立っている。深雪が驚いて目を丸くする様子を見た彼は眉を寄せて苦笑する。目の前で意地悪そうにニヤつく三郎と違って、柔和な雰囲気を漂わせる少年だった。
「双子…じゃないのか。糸で繋がってないもんね」
深雪はやっと全てが理解できた。何故ならその温厚そうな少年は表も中身も生きているから。
「三郎く「三郎」はそんな姿で何してるの?一体どういうこと?」
「そうか、あんた…」
三郎の口許は弧を描いたかに見えたが、その目は少しも笑っていない。忍術学園は想定外の事柄が多すぎて、何が不味い発言に当たるのか深雪には予測できない部分がある。しまったと思った時には既に遅かった。
「当たり」
表情を変えない三郎のまとう雰囲気が硬直した。残る四人の雰囲気も良くない方に変化したような気がした。
「あんなに鈍いのにな」
冷たい瞳の三郎が呟く。どのみち彼等は武道に長けているのだから、今更深雪はどうしようもない。諦めて正直に答えようと口を開いた。
「白状すると、三郎く…はね。生きてないのよ、外側が。内側は生きてるのに」
深雪は視線を三郎そっくりの温厚そうな少年に移した。
「彼は内外ともに生気があるから」
深雪は立ち上がって数歩だけ三郎へ近寄った。そして目の前に腰を下ろして首を傾けながら三郎を覗きこむ。ゆっくりと三郎の頬へ手を伸ばすと、面皮の継ぎ目まであと何寸かの所でその手を宙に留めた。
「不思議でしょう?生気は色で見えることもあれば、ただそんな感じがするだけのこともある。形式はあるけど定まってはいない、私の場合はね」
深雪の瞳は三郎を突き抜けもっと遠くにある三郎そのものを視ている。そんな気がして三郎はぶるりと身震いをした。