《シャンプー》
#01_兄貴代理:01




「ホントにいいの?」

「…」

「ちょっとでも迷うならやめたほうが――」

「――やめないっ」


 困った。

 泣き顔で『やめない』って言われても。


「…もう少し、考えな。待ってるから」


 ソファに座らせて、携帯を手にする。

 奴に連絡しとかないと、後々面倒なことになるからな。

 店の奥に引っ込んでから葉月の番号を呼び出して、俺は軽くため息をついた。





 弥生ちゃんが、泣きながら店を訪れたのは、閉店間際。

 彼氏と別れたから髪を切りたい、と。


 そりゃあ、髪を切るのは俺の仕事だから、弥生ちゃんの希望通りにしてやりたいとは思うけど、でもなぁ…。

 あの綺麗な黒髪をばっさりやるのは、さすがに気が引ける。

 しかも、失恋の勢いで、だ。

 まだ気持ちが揺らいでいるのに、半ばやけくそで切ってしまうのは、どうかと思う。

 絶対、後悔するだろ。


「――あ、俺」


 それに今切ったりしたら、弥生ちゃん命のシスコン兄貴に、俺があとで文句を言われるに決まってる。


「うん、弥生ちゃん来てんだ」


 あのバカ兄貴、弥生ちゃんの髪をえらく絶賛してるからな。


「なんだ、残業かよ…。何時頃終わんの?」


 勝手に切りやがって! とか何とか言って、一生根に持たれるのはゴメンだ。

 何なら半殺し、いや、下手すりゃ殺されかねない。


「ははっ。俺だってまだ死にたくねぇからな。心配しなくても何もしねぇよ」


 確かに、弥生ちゃんみたいな子に泣いて縋り付かれたら、悪い気はしないけど。


「まだちゃんと話聞いてねぇから」


 彼女の頭ん中、今は別れた彼氏でいっぱいだろ。


「あぁ、うん、なるべく説得する」


 だから早く迎えに来いよ?

 俺がお前でも、きっと同じことするだろうから。


 葉月の気持ちは、よく判ってるつもりだから。




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