《Before, it's too late.》
#01_キス以上、恋人未満:01



 どうしてあたしなんですか。


 ずっと訊けずにいる。

 そろそろ気持ちの整理をし始めないと、来年の春が辛くなるのに。

 それすらさせてくれない。



 先輩は、イジワル――。










 後ろから、ガッ、と肩を鷲掴みにされて、慣性の法則に従うまま、半身を返す。


「佐織、」


 振り返った勢いでフラついた身体を支えてくれる、胸と腕。

 優しくあたしの名前を紡ぐ、低い声。

 顔を見なくたって、誰なのか判る。


「…季一先輩、みんな見てるから」


 だから少し離れてください、と、少し俯いたまま、ブルガリブルーの薄く香る胸に、そっと手を着いた。


「久しぶりなのに、随分つれないね?」

「一昨日、逢いましたよ」

「二日ぶりじゃん」

「季一先輩、」

「もう一度“離れろ”みたいなこと言ったら、ここでキスするよ」

「…」


 やりかねない。

 季一先輩は、そういう人だ。

 耳元で囁かれたそれに諦め、季一先輩の胸に着いていた手を下ろし、左手で抱えていたノートの束にその右手も添える。

 それに気をよくしたのか、あたしの背中に廻っていた腕は、肩までスライドしてきた。


 廊下を行き交う女子たちの、視線がチクチク痛い。

 刺すような視線は、決して季一先輩に気付かれることはなくて。

 あたしにだけ、先輩の隙をついて投げ付けられる。


「何? このノート」

「日直なんです、今日。職員室に届けるところなので、」


 離してください、と、言いかけ。

 離れて、と、離して、じゃ、意味が違うけど、季一先輩の屁理屈に言い負かされそうだ。


「…」

「佐織はかしこいね」


 声にならない笑いを喉奥に押し込み、季一先輩はあたしの髪をくしゃくしゃと混ぜる。



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