《Love Songs》
#05_スローバラード:1



 何本のタバコを、咥えたまま灰にしただろう。

 足元には、無惨に散らばる、無数のフィルター。


 微かに痺れの残る左手は、自分の腕じゃないみたいで。

 運転席に戻る気力もないままに、朝陽に照らされて、眩しさに目を細めた。


 開けっ放しの車の窓。

 カーラジオから遠慮がちに聞こえてくるのは、昨夜も聴いたスローバラード。



 あいつが「この曲好き」だと言った、スローバラード。








 オフィスを出たのは、21時過ぎ。

 エントランス前のガードレールに、ちょこんと腰掛ける見たことのある姿は、すぐに目についた。


「おま…っ、何やってんだよ」


 俺を待っていたであろうことは、容易に想像できる。

 慌てて駆け寄ると、苦い笑みを浮かべながら、視線を落とした。


「…待ってた」

「メールでも電話でもすりゃよかっただろ? 何時だと思ってんだ」


 高校生が、ひとりで外にいる時間じゃない。

 まして、女の子が。


「とりあえず、車乗れ。送ってくから」


 手首を掴むと、ひんやりとした冷たさが手の平に満ちる。

 随分長いこと、待っていたのだろう。


「やだ」

「何が」

「…帰るの、やだ」


 小さく呟かれたその声に、俺は引きかけた腕の力を緩めるしかなかった。


 いつもと様子がおかしい、なんて、考える間でもなく。

 制服でいるところを見ると、家には帰っていないだろう。


「おばさんに連絡」


 エンジンをかける前に、俺の携帯を差し出すと、きっぱりと首を左右に動かした。

 何だ、叱られでもしたのか?


「しゃーねぇな」


 差し出した携帯を開くと、案の定、不在着信がある。

 隣の家から、6件。

 おばさんが俺に電話してくるなんて、よっぽどだ。




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