《桜、咲く〜Extra》
#01_千裕の憂鬱:01




 ――ちーくん


 ――ちーくん



 不安げな声が、俺を呼ぶ。

 つむじのあたりを撫でてやると、安心したように笑って、小さな手でしがみついてくるのが可愛くて。


 子供ながらに、

 ナイト気取りだったんだ。










「…もう三日よ」


 叔母さんが、ため息をつく。


「ホントに嫌なのねぇ…」


 母さんも、ため息をつく。



 ため息の原因は、鈴にある。

 部屋に閉じ篭ったまま、出てこない。幼稚園にも行かず、食事もろくに取らずに。

 叔母さんや母さんが、何度鈴の部屋に行っても入れてもらえない。


 ――すず、もうようちえんいかない!


 この台詞、何回聞いたんだろう。

 何回、泣きながら帰ってきたんだろう。

 同じ年長組の男の子たちが、あれやこれやと、鈴をからかうのがことの始まり。

 どこにでもありがちな、好きな女の子にいじわるする、ってやつだけど。

 何事も限度があるように、鈴はもう、耐えられなくなっている。

 小さな身体で必死に訴えているのに、大人は何もしようとしない。

 鈴の気持ちを判ってやろうとしない。

 泣いて叫んで部屋に飛び込む瞬間を、その日鈴の家に来ていた俺は、目撃してしまった。


 それが、三日前。

 鈴は、部屋から出てこない。

 おとなしい鈴の、初めての反抗。




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