《蛍の群れ》 #01_一目惚れ:01 「本、好きなんだね」 その声に、カバンの中に手を突っ込んで財布を探す手を止めて、少しだけ顔をあげる。 視線の先に映るのは、文庫本にカバーをかけてる、店員さんの指先。 …あれ。 誰かに声をかけられたような気がしたんだけど。 あたしに言ったんじゃないのか。 そうだよね。 大きな本屋さんだから、あたしはわざわざこっちまで来ちゃうけど、学校からちょっと離れてるし。 友だちやクラスメートにばったり、っていう確率も少ない。 ひとり納得して、キョロキョロと目だけ泳がせ、またカバンに視線を落とした。 「来月ね、この作家の新刊出るよ」 さっきと、同じ声。 はい、と、カウンターに差し出されたのは、お店のロゴが遠慮気味に印刷してある、乳白色のカバーがかけられた文庫本。 「は…」 「ハードカバーだから、ちょっと高いけどね。それに通学中に読むには、大きいかな」 「あの、…」 「よく来てくれてるよね、ウチの店」 やんわり微笑む、店員さん。 爽やかな人だなぁ、なんて、お会計も忘れて、不躾にもじっと見つめてしまっていた。 「そんなに見つめられると、さすがに照れるんだけど」 「あ、や、えっと、」 笑われた。 声には出てないけど、肩が震えてる。 「くくく…。ごめんごめん。大事なお客様なのに、からかったりして」 改めて言われると、恥ずかしさが倍増して、あたしは顔が火照るのをどうすることもできなかった。 もう顔をあげることもままならず、一刻も早くこの場から立ち去りたくて、おつりがでないように小銭を探す。 「――あっ」 [*]prev | next[#] book_top |