《Hard Candy》
#03_マサキ:01



 どうして、あたしは雨宮くんのすることを拒まないでいるんだろう。

 まだマサキくんが、心の片隅にいるのに。


 雨宮くんのキスが、腕が、声が、薄く香る香水が、視線が、…――嫌じゃない。

 “拒めない”んじゃなくて、“拒まない”んだと判っていても、心のどこかがそれを否定する。

 たぶんそれは、片隅にいるマサキくんの仕業。


 それなのに、あたしの身体は弛緩する。

 まるで雨宮くんが、唇からあたしの中のマサキくんの残像を吸い取っているかのように。


 深く深く、飲み込まれてしまうのかと思う程に舌が絡まり、髪の中で指が踊る。

 初体験をやり直すか、と言った雨宮くんだけど、キス以上のことはしてこない。

 ギリギリのところで、雨宮くんの手は引き返していく。

 髪や頬、背中に手の平が這うけれど、決してそれ以上には進まない。


「あ…まみや、く…っ」


 首から上は、すっかり雨宮くんに支配されている。

 ときどき背筋を駆け抜ける、甘い痺れのような感覚が、あたしの思考回路を麻痺させる。

 そして意思とは無関係に、身体は雨宮くんを遠ざけようと、胸板を押し返す。


「嫌ならしない」


 今はね、と、雨宮くんが微笑む。


「無理矢理は趣味じゃない。澪が俺に抱かれてもいいと思ったら教えて」


 ――忘れたら、俺のことも名前で呼んで?


「俺、澪を傍に置きたいんだ」


 それは、自意識過剰になるには充分過ぎる台詞で。


「きっと澪は、俺を好きになるよ」


 だけど、雨宮くんがあたしをどう思っているのかは、言わない。




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